麻智さんとテレサさんは2015年、家族や親しい友人に見守られてオレゴン州で結婚式を挙げた。
Honeysuckle Photography
2015年10月。麻智さん(38)とテレサさん(34)の結婚を祝うため、友人たち約120人が京都市内のホテルに集まった。
2008年に友人の紹介で知り合って7年。「いつか結婚したいね」と話していたレズビアンカップルの2人は、2015年に全米で同性婚が合法化されたのを機に、行動を起こした。同年8月、テレサさんの故郷オレゴン州で挙式を行い、その後に2人が住む京都で披露宴を開くことにした。
「どちらがご結婚されるのですか」
京都での会場探しは、半ば「消去法」で決めた。
あるホテルに2人で打ち合わせに行くと、担当者は顔を合わすなり「どちらがご結婚されるのですか」と聞いた。
見積もりを依頼すると、男女のカップルと同じ基準の予算を示された。「2人ともドレスを着るんだから、もっと高くなるのでは」という言葉を飲み込んだ。
5軒ほど回った中の一つ、ホテルグランヴィア京都には、LGBT(性的マイノリティー)ウエディングの研修を受けたスタッフがいた。フレンドリーかつ誠実な対応に「ここなら大丈夫」と感じ、スムーズに準備を進めることができた。
麻智さんは当時を振り返り、「同性カップルにとって、会場に問い合わせをすることだけでも勇気がいる。自分たちのことを理解してくれる存在がいると本当にありがたい」と語った。
「幸せなはずのウエディングで嫌な思いをしたくない」
交際10年目の節目に、novia novia weddingを通じて神前式を挙げたカップル。「挙式中は夢の中にいるようでした。時間が経つにつれて、ああ、本当に結婚したんだなぁと感動が押し寄せてきました」と感想を語った。
novia novia wedding
2人のパーティーに東京から駆け付けた会社員のmomokaさん(36)も、同じ思いを抱く。彼女はLGBTカップルに結婚式場やフォトスタジオを紹介する取り組みを2011年から続け、これまでに200組以上のウエディングをサポートしてきた。
きっかけは、自分がいつか結婚するときのために、いくつか会場に問い合わせてみたことだった。
「前例がありません……」
「他のお客様の迷惑になるかもしれないから」
理解ある家族や友人に囲まれ、自分がレズビアンであることにそれほど悩まず過ごしてきたmomokaさんは「私たちも客なのに」とショックを受けた。
救いになったのは、数軒目に問い合わせた式場の担当者の一言だった。
「同性同士でももちろん大丈夫ですよ。そんな理由で断るところがあるのですか」
施設ごとの対応の違いを身をもって知ったmomokaさんは、「幸せなはずのウエディングで悲しい思いや嫌な思いをしてほしくない。LGBTが結婚式をできる会場を探していこう」と決めた。
momokaさんは間もなく、自ら刊行したレズビアン向けの情報誌を通じ、ウエディング支援を開始。2014年にはLGBT向け情報サイト「novia novia wedding」を立ち上げた。
「あきらめていた夢がかなった」
サービス開始当初は、カップルに式場を紹介するだけだったが、やがて彼ら、彼女たちのインタビュー記事も掲載し始めた。サイト上では、カップルがウエディングを行うに至ったさまざまな理由が語られている。
「付き合い始めて15年目の年だったので、何か記念に残しておきたかった」
「彼女に一生に一度はウエディングドレスを着させてあげたかった」
「私ががんを患い、3年間の闘病生活を通じて絆の強さを確認した。ようやく落ち着いた今、かねてから夢見ていたウエディングを決行しようと思った」
「セクシャルマイノリティの自分がドレスを着るのはかなわぬ夢だとあきらめていたけど、このサイトを見て自分たちにもできるのだと思った」
サイトへのアクセスは年々増え、今では毎月10~15件の問い合わせを受けるようになった。momokaさんを含む3人のスタッフは別の仕事で生計を立て、カップルにブライダル業者を無料で紹介する。サイトの運営費やイベント開催費は、企業からの協賛金やサイト広告収入を充てている。
フォト婚からカミングアウト
もちろん、LGBTの挙式はハードルが高い。打ち合わせで自分たちの事情を説明する負担は軽くないし、カミングアウトしていないなら、お披露目は難しい。
momokaさんによると、2~3年前までは、挙式ではなく衣装を着て写真撮影をする「フォト婚」を選択するカップルが圧倒的に多かったという。
しかし今では、フォト婚と挙式の比率は6:4まで縮まった。
「フォト婚をきっかけにカミングアウトして、その後挙式をするケースがとても増えている」
実は麻智さんも挙式をきっかけに、女手一つで自分を育ててくれた母にカミングアウトした。
「21歳のころ、自分がレズビアンであることを母親に打ち明けたけど、病気なんじゃないのと一笑に付されて……」
それ以来、母子間でその話題を出すことはずっとなかったが、テレサさんとの挙式が決まり、一大決心して手紙を書いた。
母からは「(受け入れるには)時間がかかるかもしれないけど、許してね」と返信を受け取った。その母は、麻智さんの姉とともに、アメリカでの挙式に参列してくれた。
novia novia weddingのサイト。女性だけでなく男性同士など、あらゆるカップルをサポートしている。
「日本人はLGBTが身近にいると思っていない」
日本で、LGBTを取り巻く環境は大きく変わっている。
2015年に東京都渋谷区が全国で初めて「同性パートナーシップ条例」を制定。条件を満たした同性カップルを「結婚に相当する関係」と認めるようになった。社会や企業でも、LGBTに配慮したルールや設備の整備が進む。
また、電通ダイバーシティ・ラボは2015年にまとめた報告書で、日本のLGBT人口を全体の7.6%と推定。市場規模を5兆9400億円と算出した。
少子化や「地味婚」「ナシ婚」の台頭で業界の縮小が止まらないブライダル業界も、LGBTカップル歓迎の姿勢を打ち出し始めた。
結婚情報誌「ゼクシィ」の創刊に携わり、今はブライダル業界の集客支援を手掛けるCDMの村田成至社長は「披露宴は件数だけでなく1件当たりの人数も減り続けている。この20年で市場は2割ほど縮小したのではないか」と指摘する。村田社長によると、ブライダル業界は、結婚式を挙げなかった人に「フォト婚」やより小規模な挙式・食事会を提案するなどして、需要の掘り起こしを図っており、LGBTカップルも挙式をしやすくなっているという。
ホテルや結婚式場の依頼を受けて、研修講師を務める機会が増えたmomokaさんも「確かに、この2年くらいは社会の猛烈な変化を感じる」と語る。
オレゴン州での挙式に続き、麻智さん(左)とテレサさんは京都でも披露宴を開いた。
momoka
一方、アメリカ人のパートナーと暮らす麻智さんは「ニュースやネットで、LGBTという言葉は広がっているけど、自分の身の回りのことという感覚は薄い」と、日本とアメリカの温度差を口にした。
「アメリカ人は、自分の身近なところにLGBTがいると考えているし、『パートナー』という単語から同性カップルを連想することができる。それに対し私が会社で『パートナーはアメリカ人』と言うと、『ご主人はアメリカ人なんですね』と返ってくる。みんな、パートナーが男性だと疑いもしない」
日本の企業で働くテレサさんは、自分がレズビアンであることをカミングアウトしているが、麻智さんの目には「アメリカ人だから、『私たちと違う』という感じで受け入れられているのかも」と映る。
テレサさんも、「日本人の同僚は、私がレズビアンと知っても普通に接してくれるけど、パートナーが日本人だと告げたら、『日本人にもレズビアンがいるんだ』とびっくりしていた」と苦笑した。
「出会いのツールは増えたけど……」
日本でも渋谷区のように、同性のパートナー関係を認める自治体が増えているが、法整備までは至っていない。LGBTは「結婚式」に何を求めるのか。novia novia weddingを通じて挙式やフォト婚を行ったあるカップルは、「法で認められていないからこそ、2人の関係に区切りをつけるものが必要だった」「心は家族だけど、何か形に残したかった」と話す。
自らも2年前にパートナー(30)と式を挙げたmomokaさんは、「けじめと言うか、2人の関係に対する責任を感じるようになった。皆の前でこの人と生きていくと誓ったのだから」と語った。
麻智さんは、「先に死ねない」と思うようになった。テレサさんとは、同性婚が認められているアメリカでは正式なパートナーだが、日本では家族という証明は何もない。
「私は家を買ったけど、自分が先に死んでしまったら、パートナーへの相続は他人への相続になってしまう。遺族年金も受け取れない。生きてるときはいいけど、どちらかに何かあったときには守られない。だから、彼女を残しては死ねない」
LGBTのウエディング支援だけでなく、 ウエブマガジン運営や当事者同士の交流会、相談会も開催してきたmomokaさんは、取り組みを一歩進めるため、昨年12月にNPO法人Novia Noviaを設立した。
「確かにLGBTのウエディングを歓迎する式場は増えているし、社会の取り組みも進んでいる。けれどそれは、東京や大阪など大都市のこと。地方だと、カミングアウトすることもなかなか難しい」
「インターネットのおかげで出会いのツールはとても増えた。けれど、家を借りることや保険のことなど、付き合い始めてからの情報はまだ少ない。今後は地方に住む人々が暮らしやすくなるように、東京以外での交流会や企業との連携に取り組んでいきたい」