中国が「量子通信」実験に成功、米国の軍事優位揺るがす可能性

中国の研究チームが、ハッキングや盗聴を不可能にする「量子暗号通信」を飛躍的に向上させた衛星実験に成功、米科学誌「サイエンス」(6月16日付)にその概要を発表した。

軍事超大国の米国は、世界中の通信を傍受しあらゆる暗号通信を解読している。しかし、中国が量子通信システムを完成させれば、通信という最先端「兵器」面でも米国の軍事的優位が揺らぐ可能性が出てきた。

米国と中国のミーティング

Pool GettyImages

1200キロ離れた地点で成功

実験に成功したのは中国の物理学者、潘建偉氏をトップとするチーム。

「サイエンス」などによると、中国科学院国家宇宙科学センターは2016年8月16日、世界初の量子科学実験衛星「墨子号」を、長征2号(CZ-2D)で打ち上げた。

「墨子号」は4カ月にわたる軌道上実験の後、2017年1月18日「光子のペアを量子もつれの状態で地上に放出」。約1200キロ離れた青海省と雲南省の2カ所で「それぞれ光子を受信することに成功した」としている。

科学専門記者に聞くと、量子暗号通信では「量子もつれ」と呼ばれる、特殊な関係の光子のペアを使う。送信者はこの光子を使って情報を暗号化、受け手は光子を基に暗号を解読する仕組み。もし第三者が、解読や盗聴しようとすると光子の性質が変わる。それを検知して通信をやり直せば、ハッキングを阻止できるというわけだ。

量子暗号通信は、光ケーブルを通じた商業利用がすでに始まっている。しかし、情報損失やノイズなどの問題があるとされてきた。人工衛星を利用すれば、理論的には数千キロ離れた地点に光子のペアを放出できる。これまでは100キロ離れた地点での実験には成功したが、1200キロも離れた地点での成功は実用化への飛躍的前進という。潘建偉チームは今後、7400キロ離れた中国とオーストラリアの2地点での実験を計画している。

軍事に利用、有利に戦局展開

中国がさらに長距離の通信に成功すれば、機密情報を日常的にやり取りする在外公館をはじめ、島嶼(しょ)部にある軍事施設、遠洋を航海する艦艇など、遠隔地での利用が可能になる。東シナ海の海底油田の掘削プラットフォーム、南シナ海の人工島の軍事施設にも使えるだろう。まして有事となれば、敵に解読されない通信が可能になるから、戦局を有利に展開できるのは間違いない。

米紙は「もし中国が量子通信ネットの確立に成功すれば、米国のコンピューター・ネットワークにおける優位性が減衰する」(6月15日付け、ウォール・ストリート・ジャーナル) と、深刻な懸念を伝えている。システム完成までにはさらに10年程度かかるとみられているが、米国による中国の通信傍受は難しくなる。ただ、米国も自身の量子通信ネット開発を進めるとともに、量子暗号を解く技術開発を急ぐだろう。科学技術が軍事転用され「攻防」の対象になれば「いたちごっこ」が始まる。

中国の軍事パレード

Kevin Frayer GettyImages

ロシアやウクライナなど世界各地で6月末、前月に続いて大規模なサイバー攻撃があり、銀行、企業のコンピューターが大きな影響を受けた。ハッキングによる情報操作は、米大統領選挙や外交関係に影響を与えるだけではない。戦争形態を根本から変える強力な新兵器でもある。アメリカの懸念はそこにある。

北京が、量子通信技術による盗聴防止の開発を急いだのは、米中央情報局(CIA)元職員のエドワード・スノーデンが2013年、中国のインターネット通信の内容を米情報機関が常時監視していたことを暴露したことが一つの契機とされる。しかしそれは表層的な見方だ。

米誌「フォーブス」 によると、潘建偉チームは1997年に量子通信技術を実用化。2010年に16キロ離れた地点での実験に成功。さらに2012年には100キロを超える実験にも成功した。今回の実験成功は着実な実験の積み重ねから、中国をこの分野でもトップに押し上げたことを示している。

米国の「宇宙独占」への挑戦

潘建偉氏とは何者か。1970年3月浙江省東陽市生まれで、今年47歳。上海科学技術大近代物理学科に入学して初めて量子力学に触れ、その後量子力学の研究にのめり込むきっかけになった。アインシュタインの信奉者で、同大で修士号を得た後、オーストラリアへ留学し博士号を取得。2011年に中国科学院院士となり、2012年に英科学誌「ネイチャー」が選んだ10人の傑出科学者の1人に。現在は母校の科学技術大副校長を務めている。

日本の量子通信技術はどうなっているのだろう。基礎研究を1990年代に開始し、2000年代前半に実用化研究を始めている。NECや三菱電機,NTTなどが情報通信研究機構(NICT)を中心とするコンソーシアムに参加。産学官連携研究開発プロジェクトを進めている。しかし中国の通信衛星実験によって、大きく引き離された感がある。

中国の先端技術の向上は目覚ましい。ミサイル技術では1970年4月、日本より2カ月遅れで初の人工衛星「東方紅1号」の打ち上げに成功した。それから33年後の2003年には衛星破壊実験に初成功。2007年1月に米衛星を破壊する実験を行い「われわれの目を覚まさせる警告」(米国務省)と驚かせた。米国による「宇宙独占」への挑戦であり、日米が進めるミサイル防衛(MD)の「無力化」が狙いである。

米中関係は、経済の相互依存が深まり全面的には「敵対」できない関係だ。だが急速に軍事力を強化する中国との安全保障面での競合がやむことはない。

ミサイル技術や宇宙空間での激しい競争に続き、通信システムで中国の優位性が確立されれば、圧倒的軍事優位を保ってきた米国の地位が揺らぐ。トランプ登場によって鮮明になった「米一極支配」の終わりを印象付けている。


岡田 充:共同通信で香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て2008年から共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

Popular

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み