2017年5月31日付けの一部報道によれば、金融庁と経済産業省は今後10年、つまり2027年までにキャッシュレスでの決済比率を40%にまで引き上げるべく、小売店への決済端末の導入支援を含めた国家施策を進めているという。現状、17~18%程度といわれる日本国内でのカード決済比率だが、今後は電子マネーやモバイル利用も含めて米国の4割程度の水準へと引き上げ、インバウンド対応や国内での消費喚起につなげていきたい考えだ。
そうした背景のなか、Apple Pay上陸によって、国内で最も"良い"影響を受けたのはどこか?
それは、Apple Payで使える3つの決済手段のうちの1つ「QUICPay」を推進する国内カードブランド最大手のジェーシービー(JCB)だ。
Apple Pay開始前後で会員数が120万人増えた
Apple Pay日本上陸で最も恩恵を受けたといわれるQUICPay。"増加率"の高さは、決済業界の年率成長の常識を大きく上回った。
Apple Pay登場による最大の効果を「ブランドとしてのQUICPayの認知度が一気に上がった」ことだと説明するのは、JCBでブランド事業統括部門QUICPay事業推進部次長の吉田敦史氏だ。
日本版Apple Payは(なぜ"日本版"と呼ぶのかは以前の記事で詳しく解説している)iD、QUICPay、Suicaの3種類の決済手段が選択可能だが、このうちQUICPayが認知度の面で他の2つに見劣りしていることは、QUICPayを非接触ICカードサービスとして推進しているJCB自身が認めている。
だが、Apple Payの登場によりQUICPayとして登録されるカードの種類が増え、利用者への認知度だけでなく、クレジットカードや電子マネーを取り扱う加盟店(小売店)での認知度も向上したという。結果として、これまで取り扱ってもらえなかったような場所でもApple Pay登場を機会にQUICPayのシールを店先に貼ってもらえるようになったり、キャンペーン案内を出してもらえるようになった、と同氏は説明する。
JCB ブランド事業統括部門QUICPay事業推進部次長 吉田敦史氏。
では、具体的にどれくらい増加したのか?
QUICPayそのものの会員数は前年同期比25.4%の増加の586万6000人、そして、JCBブランドの国内会員は10.6%増の8161万4000人となった(いずれも2017年3月期末時点)。
クレジットカード各社が会員獲得に向けて連日のようにキャンペーンを繰り広げているが、実際にこのような形で年率成長が2桁というパターンはほぼない。それだけ、Apple Pay上陸のインパクトが大きかったことがわかる。また会員増加にともなって決済金額も上昇し、未対応の加盟店もQUICPayの取り扱いに興味を示しているなど好循環が起こっている。
JCB 加盟店事業統括部門加盟店事業統括部次長 五島玄明氏。
さらにApple Pay上陸前後でのQUICPay側にも変化があった。「2万円」という決済金額の上限が外れた規格が登場したのだ。これにより、従来路線の少額決済だけでなく、家電量販店や高級飲食店といった店舗にも対応が拡大し、さらに取り扱い決済金額の増加にもつながっているようだ。
JCBで加盟店事業統括部門 加盟店事業統括部 次長の五島玄明氏は、
「もともとQUICPayはターゲットとしていた加盟店の業種を絞っており、例えばコンビニのような日常での小さな金額での決済を、キャッシュからQUICPayに変えていこうというビジネスモデルだった。だが現在ではクレジットカードが使われるような店がすべて対象となり、戦略が変化してきている」
とApple Pay上陸が与えた影響を説明する。
Apple Payをもっと"使いやすく"する「QUICPay+」
2016年夏ごろから一部加盟店でQUICPayのロゴが変化したことに読者の皆さんのどれくらいの人が気付いているだろうか? 最近新たに、下のような「QUICPay+(クイックペイプラス)」のロゴに変わった店舗が増えているはずだ。実は先ほど解説した2万円という決済金額の上限が外れたのが、この「QUICPay+」だ。
QUICPay+ロゴ。これはすかいらーく系列レストランでの掲出例。
これによって、Apple Payの利便性も上がった。決済でQUICPayを選んだときに、QUICPay+加盟店であれば2万円を超える金額でも決済ができるようになったからだ。従来のQUICPay店舗も残っているため一見すると混在がややこしそうに思えるが、実際には一部コンビニなどの少額決済中心の店舗(従来のQUICPay)と、高額決済の店舗(QUICPay+)は住み分けているため、利用者側は違いを意識することなく使えるケースがほとんどだ。
実は国内の使用頻度が高い"カード型以外"のQUICPay
Apple Pay登場により一気に2桁増を達成したQUICPayの会員数。実はApple Pay経由での会員だけでなく、それ以外のQUICPay会員も増えている。これもApplePay導入開始によって認知度が向上したことによる効果といえる。
話は少し脱線するが、筆者はQUICPayといえば「おサイフケータイ」という印象があったのだが、実はおサイフケータイの利用者は比較的限られているというのが実情のようだ。理由はいくつかあるが、例えばQUICPayが使えなかった当時にiPhoneや非対応端末に移行してしまい、その後更新手続きが面倒だからと機種変更を機に利用を止めてしまったといった具合だ。
つまり、QUICPayにおいては(現在でもおサイフケータイとの比較では)物理的なカード発行枚数のほうが多い。さらに意外だったのは、非接触ICカードという特徴を活かした「異形状」と呼ばれる"特殊カード"も、実は隠れた一大ジャンルで、発行枚数が多いのだという。異形状タイプとは、コイン型であったり、あるいはアクセサリ型であったりと、いわゆるカード形状をしていない決済アクセサリのことだ。
JCBが“異形状”と呼ぶアクセサリ型決済カード。常に身に付けているがゆえに稼働率が6割に達するという。
興味深いのは、異形状型のカードは「稼働率が非常に高い」(JCB)ということだ。JCBによれば「(日本人の)財布には3枚くらいカードが入っていて、新しいカードがやってくると古いものは追い出されてしまう」傾向があり、稼働率が低いカードはそのままお蔵入りになってしまうという。
しかし、こうしたアクセサリ型であれば、むしろモバイル端末よりも気軽に取り出せるので、月間稼働率が6割と非常に高くなるのだ。利用者拡大と利便性向上に向け、モバイル(おサイフケータイ)専用から物理的なカード提供に至ったNTTドコモの「iD」とはアプローチが逆だといえるかもしれない。
モバイル全般におけるJCBの戦略について、ブランドインフラ推進部の西村氏は「特にデバイスや携帯キャリアにこだわりはなく、いろいろなデバイスに搭載される形で、より多くの利用者にサービスを提供する」と説明する。
JCB ブランド事業統括部門ブランドインフラ推進部次長 西村真次氏
Apple Payについては「従来まではカードの即時発行の仕組みが難しかったが、Apple Payではそれが実現できる。新規カード入手も容易で、指紋認証によるセキュアな取引の仕組みもある。いまの時代に合ったソリューションではないかと考えている」と、従来の弱点をカバーしつつ使いやすい仕組みにしている点を評価している。特に即時発行についてはモバイル専用だったiDでも課題となっており、この部分の対応は評価されているようだ。
今後もモバイル決済の仕組みはいろいろ出てくると思われるが、次は「いかに使ってもらえるか」が重要になるのではないかと同氏は指摘する。その意味では今の日本の状況はまだまだ入り口で、カード会社としてすべきことは多い。
日本版Apple Pay自身にも課題はある。例えば、3つの決済手段のいずれか1つに対応していればApple Payのロゴが掲出できてしまうという問題だ。店舗によってはSuicaのみ対応で、QUICPayやiDといった別の決済手段が使えないというケースが存在する(Appleのロゴ掲出のガイドライン)。
日本版Apple Payの"裏側"のこうした混乱は、今後時間が解決するのを待つしかないのかもしれない。
Apple Payほかブランドロゴの掲出例。これはセブンイレブン店舗でのもの。
(撮影:鈴木淳也 / Junya Suzuki)