世界最大級の生命保険会社、メットライフ(MetLife)。グループの収益の2割以上を日本で稼ぎ出し、個人向け事業(リテール)では、グループ最大の企業が日本のメットライフ生命だ。メットライフは2010年、日本で売り上げ規模を拡大したアメリカン・ライフ・インシュランス(アリコ)をアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)から約162億ドル(約1兆8000億円)で買収し、国内におけるプレゼンスを強化した。
生命保険の市場規模は約40兆円、世帯加入率は90%の保険大国・日本。メットライフ生命は、保険とヘルスケア(健康・医療)、テクノロジーを融合させ、今までの保険会社のあり方を根こそぎ変える動きを強めている。
東京・紀尾井町にあるオフィスは、従来の保険会社が持っていた「地味で硬い」イメージは感じられない。グーグルなどの米テック企業を思わせるほどだ。現在、メットライフ生命が進める大きな変革をリードするのが、インド生まれ、アメリカ育ちのサシン・N・シャー日本社長だ。高齢化が進む日本は成長市場で、これから業界の垣根を越えた競争が激化すると話す。シャー社長を訪ねた。
競合はグーグルやアップル、アリババ、テンセント、楽天か
BUSINESS INSIDER JAPAN:メットライフ生命のオフィスは、テクノロジー企業の雰囲気が感じられますね。
シャーCEO:ニューヨークにいるメットライフのデザイナーは建築家なんです。私も個人的に日本オフィスのデザインに関わりました。東京・錦糸町にあるオフィスも現在、リノベーションの真っ只中で、今年の10月にはこのオフィスのように変身します。社員が楽しんで働けて、自由に働ける環境を作りたかった。特に多くの若い社員が居心地の良さを感じられるオフィスにしたかった。多くの人は今、働き方に自由を求めていますね。社員の心や体がヘルシーであれば、仕事におけるハピネス(幸せ)をもたらしてくれる。
「保険会社はテクノロジーを最大活用して、顧客とのつながりを強くしていく。もしくは、コモディティ化した、つまらない会社になるかのどちらかだ」と語るシャーCEO。
BI JAPAN:シャー社長は「保険会社はテック企業に変わる」と言われています。
シャーCEO:とてつもなく大きな変化が起きています。保険とヘルスケア、そしてテクノロジーが融合していく。もちろん、テクノロジーがその変化のペースを速めています。私たちのライバル企業は日本生命や第一生命、アフラックなどですね。しかし、近未来の競争相手は、どんな企業だと思いますか?
もちろん、伝統的なライバルは変わらないとは思いますが、グーグルやアップル、アリババ、テンセント、楽天が競争相手になる可能性はありますね。これらの企業は、テクノロジーがコアにあり、多くの消費者と毎日、交流している。この消費者とのエンゲージメントには、非常に大きな価値があります。
私たちには2つの未来があると思っています。テクノロジーを最大活用して、顧客とのつながりを強くしていく。もしくはコモディティ化した、つまらない保険会社になるかです。
認知症予防アプリと給付金請求アプリ
BI JAPAN:保険に一度加入すると、利用者は保険会社との接点が減る傾向にあると思います。顧客とのエンゲージメントを増やすための施策とは?
東京・紀尾井町にあるメットライフ生命のオフィスにある卓球スペース。
シャーCEO:言う通りかもしれませんね。保険会社と顧客とのメインのタッチポイントは、加入する時と保険金と給付金を請求する時の2つですね。しかし、モバイル・テクノロジーはこのタッチポイントを増やしてくれる。人は朝起きて、最初に何を見るか? 夜、ベッドに行く前に、1日の終わりに、何を見るか? メットライフは、我々がおこなう全てのことに、デジタル・テクノロジーを埋め込んでいきたい。モバイル重視、デジタル重視になる。それが、顧客とのエンゲージメントを強めるための基本です。テクノロジーが我々のコアの基盤にならなければいけない。
BI JAPAN:具体的に、デジタルテクノロジーをどのように活用されていますか?
シャーCEO:すでにタブレット用アプリの「MetLife e-Mirai」を導入しています。保険プランを一緒に設計していくためのペーパーレス申込システムです。このアプリは、我々のビジネスをよりシンプルにしてくれました。保険は以前まで、複雑で、分かりづらく、しかもたくさんのサインや捺印が必要でしたね。
そして、2018年初めに給付金請求のアプリを導入します。病院の領収書などの写真をスマホで撮ってアプリ経由で提出することができます。
BI JAPAN:ヘルスケアと保険を融合させるとは、どういうことですか?
「退職後の資金を確保するための新しいメカニズムを必要とする日本において、私たちのビジネスチャンスは広がる」と話すシャーCEO。
シャーCEO:「脳活」アプリをスタートします。これは、認知症の予防を目的としたもので、東京大学大学院とスタートアップのハビタスケアと共同で開発しました。ユーザーは、アプリ上で認識テストが受けられ、認知症の進行を軽減するための食事方法や運動方法などを推薦してくれる。このアプリで、保険会社であるメットライフは多くの消費者との接点を増やしていくことができます。
「保険は複雑で、つまらない、そして手続きが面倒だ」というのが、今までの保険会社だと思います。テクノロジーで、これを変えることができるわけです。
退職後の資金確保のためのメカニズム
BI JAPAN:少子高齢化が進む日本市場で、今後も投資を拡大していきますか?
シャーCEO:私たちは日本市場が成長を続けると見ていました。ですから2010年の買収を実現できたと思います。今後も成長のための投資は行っていきます。
高齢化社会の日本で、寿命は長くなっていますね。これは、国の社会保障システムにおいては、負担が増加することを意味しています。人口動態の変化に加えて、マイナス金利や低成長経済を背景に、日本人は老後の資金確保をするための新しい方法を探らなければなりません。
日本が直面する社会や経済の変化に対して、メットライフ生命の役割は大きくなっていると考えています。退職後の資金を確保するための新しいメカニズムを必要とする日本において、私たちのビジネスチャンスは広がっています。
いつも社員に伝えているのです。我々はこの日本の挑戦を大きなチャンスに変えていこうと。
(撮影:渡部幸和)