日本スポーツ界の進化の糸に引っ張られるように、高みを目指している女性たちがいる。
昨年9月に華々しく開幕したバスケットボールのプロリーグであるBリーグ。バスケットボールは10分間×4のクォーターで成り立っており、ブレイクの多いスポーツだ。さらに、試合中にはタイムアウトがある(コーチが作戦を授けたり、選手を休ませたりする時間)。その際に会場を盛り上げるのがチアリーダーだ。
チアリーダーは真剣な踊りの最中でも笑顔を絶やさない。
彼女たちは誰かと戦うことなく、スポーツを盛り上げる存在である。バスケットボールリーグがプロ化したことで、彼女たちが立つ舞台にも変化が訪れつつある。
「本当に、切ってしまっていいんですか?」
美容師に何度も念を押された。銀のハサミで切り落とされた髪の毛は、30cmにも及んだ。チアリーダーのなかには、身体の動きに少し遅れて弧を描く髪の毛がどのように見えるのかにまで気を遣う者も少なくない。
東京Zのディレクター兼リーダーのFukaはバスケ界屈指の人気チアだ。
Bリーグの アースフレンズ東京Z (東京Z)に属するZgirlsのチアリーダー兼ディレクターを務めるFukaは3歳でクラシックバレエを始めた。上京後の大学生活ではストリートダンスのサークルへ。在学中にプロ野球とアメリカンフットボールのチアリーダーも務めた。
小さいころからの夢はテーマパークのダンサーだった。複数のテーマパークのオーディションを受け、 大学卒業時に地元福岡のテーマパークのダンサーに合格。2年間踊り続けた。 「ダンスは思う存分、やりきったな」。 髪をばっさり切ったのは、その生活に終止符を打つ儀式だった。
チアリーダーだけでは暮らしていけない
再び上京して1年たった頃、気づいてしまった。心にぽっかり空いたままの穴があることを。ちょうどそんなおりに、友人から、バスケのチアリーダーを勧められた。
プロリーグが発足したものの、今でもチアリーダーの大半は、学生か、他に仕事を抱えている人。試合の日やチームの地元のイベントに出演したり、チームの運営するダンススクールで講師を務めたりすることも多いが、チアリーダーの収入だけでは暮らしていけない人がほとんどだ。
週末の試合に向け、各自の練習だけではなく、チームメイトとも練習する。筋力トレーニングもするし、食事にだって気を遣う。それほどのことを求められながら、アルバイトの日給のようなものが支払われるだけだ。
Fukaも別の企業で正社員として働いている。生活のための仕事との両立を考えると、練習日などもチームを選ぶ際に重要な項目になる。そんな目でチームを選んでいた2014年に巡り合ったのが、できたばかりの東京Zだった。
柔軟性と高く跳べる筋力を保つのもチアの大切な仕事だ。
当時のチアリーダーのメンバーは学生を含めて、全部で5人。プロ野球などのチームでチアリーダーとして活躍した経歴などから、Fukaがリーダーを務めることになった。
一般的にチアリーダーのチームには振り付けを考えたり、ダンスのバランスを見て指導したりするディレクターがいる。しかし、東京Zという生まれたばかりのチームには、そうした存在もいない。2年目にはリーダーから昇格し、ディレクター兼任となった。3年目にはBリーグが開幕した。
クラウドファンディングで衣装づくり
「社長の山野(勝行)さんにはいろいろとわがままを言わせてもらってきたのですが、何が欲しいのか聞かれると、『衣装です!』と即答していました。ただ、チーム自体にそこまでお金があるわけでもなくて、同じ金額を使うのなら良い選手を取るために使った方がいいということも分かっていて……」
BリーグはトップリーグにあたるB1から、プロとアマチュアが混在するB3までの3つのカテゴリーがある。プロだけで構成される1部と2部には、各18チーム。創設4年目の東京Zは、B2の所属だ。Bリーグ開幕後、東京Zは前年度と比べて267.7%の観客動員を記録した。B1とB2の36チームのなかで、最も伸び率が大きい。それでもまだ潤沢な資金をチアリーダーのために投じることができたわけではない。
そこで試したのが、クラウドファンディングで衣装づくりの資金を集める方法だった。7月7日の23時59分という締め切りを待たずに、目標額に達した。
「見ている人を楽しませるという意味では、衣装を変えるのが一番分かりやすい進化なんです」
例えば、“正面から注意してみれば”一糸乱れぬ動きをしていると分かるチームは確かに、ある。しかし、会場の多くは正面から見られない席に座っている。実際にレベルが高いとされながらも、そこまで人気が出ないチアリーダーのチームもいる。ダンスを究めようとして、才能と努力を浪費してしまっているケースだ。Fukaはこう話す。
「踊り自体はバスケファンの人には分かりづらいと思うんです。だからこそ、見ている人を楽しませるために、タイミングによって衣装を変化させるのは最も分かりやすい方法の一つ。いきなり、1人あたり3着も4着も作ろうとまでは思っていません。でも、やっぱり、私たちは進化したいんです」
芸術家ではなく、プロとして踊ることに、彼女たちの誇りがある。
他の仕事をしていても意識は「プロ」
プロ意識を突き詰めているチームは、他にもある。Bリーグで最多の観客を集める千葉ジェッツふなばしだ。
地元でのイベントでパフォーマンスをするSTAR JETS。
ジェッツはBリーグの2シーズン目に向け、STAR JETSというチアリーディングチームの一部プロ化に着手した。チアリーダーだけで生計が立てられる仕組みを他のチームに先がけて作ったが、名称は「専属マネージメント契約」だ。
その第1号となったのが、Ayumiだった。小学校2年生の時に始めたクラシックバレエがダンスとの接点だ。高校ではチアリーディング部に属しながら、放課後にジャズダンスとクラシックバレエのスクールに通った。大学入学時にはこんなことを考えていた。
「ダンスを仕事にするのは簡単ではないし、卒業後にアルバイトを掛け持ちしながら夢を追い掛け続けるほどのことはできない。大学のうちにダンスを仕事にできる道を作れなければ、もう踊らないと決めていたんです」
大学2年生から1年間、プロ野球のチアリーダーとして1年間活動したが、翌シーズンのオーディションには不合格。しばらく野球は見たくないと思ったほど落ち込んだ。大学3年生の秋には、周囲と同じように就職活動を始め、4年生になって間もなくブライダルジュエリーの企業から内定も取った。ダンスを仕事にしたいという想いは心の奥深くへ押し込まれた。
ただ、社会人になって半年もたてば、仕事にも慣れてくる。
「挑戦してなくてもいいのかな?」
そんな想いは自然と湧きあがってきた。仕事の合間をぬってジムに通い、ダンススクールで汗を流した。もう一度、野球チームのオーディションを受けるために。しかし、不合格だった。
「『私はやりきった。これで満足だな』と思ったんですよ。その後に球場で踊るメンバーを見たとき、悔しい気持ちはなく、心から素敵だなと思えましたから」
当時のブライダルジュエリーの仕事にもやりがいを覚えていたために、また平穏な元の生活に戻る気配があった。ただ、彼女はジェッツのホームタウンである船橋市で育っている。ある時、ジェッツでチアリーダーをしている友人と食事に行った。
「ジェッツのオーディション、受けてみたら?」
ジェッツの存在は知っていたが、船橋アリーナに行ったことはなかった。そもそも、バスケットボールの試合を見たことがなかった。軽い気持ちでアリーナを訪れるとーー。
観客と手の届くような距離にあるコートで躍動するチアの姿に衝撃を受けた。野球では広大なスペースを限られた人数でカバーするため、チアリーダー同士の距離も離れている。しかし、バスケでは踊りながら、チア同士がアイコンタクトをしているのにも気づいた。
「あのパフォーマンスを見て、感動して涙が出てきちゃったんです。『私がやりたいのはこれだぁ』と思って、すぐにオーディションについて調べてました」
新卒で入社した会社を辞めて
ジェッツでの活動も2年が過ぎたが、その間に彼女は大きな決断をしている。今年3月に新卒で入った会社を辞めたのだ。今はチアリーダーとして踊るだけでなく、専門学校でスポーツ栄養学も学んでいる。
「20年先も現役のチアリーダーとして踊るのは無理かなと思います。でも、大好きなチアの世界には携わっていたくて……。チアを指導する道はたくさんあるのに、まだ現役のチアの活動を支えられる人は少なくて。将来的には食事や栄養の面から支えることができないかなと考えたんです」
今年4月からは専門学校生となり、6月にはジェッツの専属マネージメント契約のオーディションを受けた。応募した6人中、合格者は彼女はただひとり。チアだけで生活できるような役割を与えられての待遇だから、学業との掛け持ちは簡単ではない。でも、会社を辞めたそもそもの理由は、チアリーダーと生涯かかわっていたいという強い想いがあったから。そして、その姿勢があったからこそ、ジェッツも彼女を第1号に選んだのだ。
専属マネージメント契約でバスケ界の注目を集めるAyumi。
社長としてジェッツを売り上げや観客動員数でバスケ界のトップに引き上げ、9月末からはBリーグの副チェアマン(副理事)に就任する島田は、専属マネージメント契約を始めることになった理由をこう話す。
「チアリーダーは、ある意味では選手以上にプロフェッショナルな意識で活動しているのに、アルバイトのような境遇に置かれていました。ならば、うちのチームが突破口を開けばいいし、それがスタンダードになってくれたらという想いもあります。今回はAyumiとだけ専属マネージメント契約を結びましたが、それ以外のメンバーの手当ても引き上げています。好きな選手がいるから応援に来てくださる方がいるように、好きなチアがいるから会場に来てくださる方が増えてきても不思議ではないと思っています」
アメリカでしかできなかった挑戦が日本でも
Fukaも、Ayumiも今では華やかなライトを浴びているが、そこにたどり着くまでには、信念を持って取り組むダンスへの愛と情熱があった。彼女たちの頭の中には目指すべきもイメージが明確にある。
Fukaの場合はこうだ。
「応援している男性の方もたくさんいて、それは本当にありがたくて。ただ、女性や子どもにも好かれるようなZgirlsにしていきたいんです。子どもは素直だから、良くないと思ったところがあればズバズバ言ってくれる。女性は、踊り以外での振る舞いや、内面からにじみ出るものにも厳しい目を向けてくださる。真面目で謙虚で、洗練された古き良き女性になりたいと思っているんです」
自分が人気者になりたいという意識はない。でも、願っていることはある。
「いつか、自分に子どもができたときに、その子を入れたいなと思えるようなチームを作りたい。私がおばあちゃんになったころには、東京Zはすごいチームになっていると思うんですよ。そのときに、『Zgirlsに昔、Fukaがいてくれて本当に良かったね』と思われるようになりたいんです」
Ayumiは夢を語る。
「今年の3月にはチアをテーマにした映画が公開されたり、最近はチアの世界の盛りあがりをすごく感じるんです。ただ、日本ではチアリーダーを専門の職業にすることがなかなかできなくて、これまではアメリカに挑戦するしかなかった。でも日本のチアも、プロ意識が高く、パフォーマンスも素晴らしいということを知ってもらいたくて。それが、専属マネージメント契約を結ばせてもらった大きな理由でもあるんです」
Bリーグが始まり、会場に来る人が増えた。同時に彼女たちへの視線も増していった。どの会場でも、彼女たちと一緒に写真を撮ってもらって嬉しそうな表情を浮かべる女の子がいる。誇りと情熱をもってダンスで幸せを贈りたいと願うチアリーダーたちがいて、彼女たちのことを支えようと本気で考えている人たちがいる。彼女たちの時代は、もうすぐそこまで来ているのだ。
(撮影:今村拓馬)