対北圧力に限界、お手上げの米中——チキンゲームに勝った金正恩氏

金正恩

ICBM発射実験後、金正恩が側近と喜び合う姿などが全世界に向けて流れた。

Chung Sung-Jun getty images

「中国は圧力をかけたがらない。先制攻撃すれば、戦争になり数百万の犠牲者がでる。外交交渉は北朝鮮にだまされる。古い教科書はあてにならない。一体どうすればいいんだ?」

北朝鮮が、大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験に成功した直後、アメリカの元高官がトランプ政権の窮地と焦りをツイッターにこう書き込んだ。

その主は、戦略国際問題研究所(CSIS)のビクター・チャ韓国部長。核問題をめぐる「6者協議」の米副代表を務めた韓国系アメリカ人である。

トランプ政権は、国連安全保障理事会での協議に続き、ハンブルクの20カ国・地域(G20)首脳会合での米ロ、米中首脳会談での北制裁に期待をつなぐが、対話を主張する中ロとの温度差は大きく、成果は期待薄。4月の首脳会談以来続いてきた「米中融和ムード」も一気にしぼんだ。米中両国は、有効な選択肢を持たずお手上げ状態にある。

リビアとイラクから学んだ金正恩

4月に始まった米朝チキンゲーム(神経戦)は、金正恩・朝鮮労働党委員長が勝利し、トランプ敗北に終わった。トランプ政権は「あらゆる選択肢がある」と、軍事攻撃をちらつかせ2つの空母機動部隊を日本海に急派したが、軍事攻撃はあきらめ撤退した。

北朝鮮の側から見れば、「体制維持を目的とする」金正恩氏の核・ミサイル政策は正しかった。リビアのカダフィ政権は、核放棄を公言した途端崩壊した。大量破壊兵器を持たなかったイラク・フセイン政権もまた、米国の軍事攻撃で吹き飛ばされた。 軍事的には圧倒的劣勢に置かれた北朝鮮が生き延びるには、核兵器を手に軍事攻撃を抑止する以外の選択肢はない。北はリビアとイラクからその教訓を学んだのだ。

チャ氏は「先制攻撃すれば戦争になり、数百万の犠牲者がでる」と、軍事オプションを否定した。1994年の核危機の際、当時のクリントン政権は北朝鮮へのミサイル攻撃計画を検討したが、全面戦争を招けば米軍に5万、韓国軍に50万人もの犠牲が出るとの数字がはじき出され、攻撃を止めたのだった。

金正恩氏はミサイル実験成功の後、「米国のろくでなしどもは7月4日記念日(米独立記念日)のこの贈り物が気に入らないだろう」「米国との対立は『最終段階』に入った」と軽口をたたく余裕すら見せた。軍事攻撃できないという読みは、正しい論理的帰結だった。

中ロが強硬措置に消極的な理由

では「中国は圧力をかけたがらない」と、チャ氏にため息をつかせた対北制裁はどうか。制裁の目的はもちろん核・ミサイル開発の放棄にある。北朝鮮には既に貿易規制、資本取引規制、武器の禁輸措置など経済制裁が科されている。トランプ政権が期待を寄せるのは、貿易の9割を占める中国が対北制裁を強化すれば、締め上げ効果が期待できるというものだ。

米中首脳会談(4月)で、北への圧力強化に応じたとされる習近平指導部だが、石炭の輸入の年内停止以外に対北圧力はとっていない。これに業を煮やした米政権は、丹東銀行への制裁をはじめ、自由航行作戦の続行、台湾向け武器輸出など、北京へのいら立ちを示す一連の行動をとった。だが、丹東銀行は西側との取引はなく、台湾向け武器輸出は規模が小さい。中国の反発も「型通り」に過ぎない。

トランプ

予想以上の速さでミサイル実験を成功させている北朝鮮にアメリカはどう対応していくのか。

Win McNamee / Getty Images

中国は北朝鮮に年50万トン以上とされる石油をパイプラインで送っている。「バルブを閉めれば簡単じゃないか」と言いたくなるが、どうか。石油専門家によれば、「北向けの大慶原油はパラフィン(蝋分)が多く、いったん止めるとパイプラインは詰まって固まり『世界一長いローソク』になる」

それ以上に、中ロが強硬措置に消極的なのは、朝鮮半島の混乱を恐れるからだ。金体制が崩壊すれば難民が押し寄せ、米軍が駐留する韓国との「緩衝地帯」が消失する。習近平主席はG20に先立ち、モスクワでプーチン・ロシア大統領と会談、北朝鮮には核・ミサイル実験の一時中止と同時に、米韓には大規模合同軍事演習の一時中止を要求、ミサイル防衛システム「THAAD」の配備停止も求めた。中ロがともに、トランプ政権の対北圧力強化の要求には唯々諾々と従わないとクギを刺したのだ。

トランプ政権の挑発が引き金を引いた

いま世界で起きている政治的緊張や危機の多くは「パワーシフト」(大国間の勢力移動)によってもたらされた。北の核・ミサイル危機も、米一極支配の終結後の米中協調という新秩序が試されるケースになった。 しかし、米ソ冷戦下で、米ソ両国が同盟関係にある「衛星国」を、完全にコントロールすることで成立した国際政治秩序システムを、そのまま米中関係に当てはめることはできない。少なくとも、北朝鮮はもはや中国、ロシアの実質上の同盟国ではないし、ましてや「衛星国家」ではない。経済の相互依存が深まる米中両国は「敵対」はできないが、同時に安定は難しい関係が続く。

今回の危機は、トランプ政権誕生に伴いトランプ側が仕掛けた。北朝鮮側が緊張を意図的に激化させたわけではなく、トランプの挑発に乗じて、ミサイル実験を次々に成功させ、ICBM実験成功にまでこぎつけたのが実相である。

平和的解決のカギ握る日米

「古い教科書はあてにならない」というチャ氏の指摘は正しい。

北の核・ミサイル実験の意図は、朝鮮戦争の休戦協定を「平和協定」に代え、米国との関係を正常化し、体制維持を図ることにある。北の核・ミサイル政策を頭ごなしに「脅威」と騒ぎ立てても意味はない。核保有を「核保有5カ国」だけに認める国際政治を承認し、米国の「核の傘」に下に安住する日本に、核廃絶を主張する資格があるのか。そう問う平壌の主張には一定程度の理がある。

核・問題ミサイル問題で、「中国は影響力行使を」とだけ繰り返す安倍政権の影響力は薄れる一方だ。「パワーシフト」が進む中、朝鮮問題で影響力を発揮するチャンスは目の前にある。「平和協定」への移行と「関係正常化」へ向けた米政府の決断と並んで、朝鮮問題の平和的解決のカギは日米が握っているのだ。


岡田 充:共同通信で香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て2008年から共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

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