オフィスの性差別に抵抗した、グッドガールズたちの戦い

cafeglobeより転載(2017年7月3日公開の記事)

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世界の上場企業上位2500社のうち、2016年における日本の新任CEOに女性が占める割合をご存知でしょうか?

答えはゼロ。アメリカやカナダでは5.7%、中国は5.3%。ブラジル、ロシア、インドでも5%です。世界的にも、職場はまだまだ男女平等とは言い難いのですが、はたして、現代より前の女性たちの働く環境はどんなものだったのでしょう?

今回は、Amazonオリジナルドラマ『グッド・ガールズ~NYのキャリア女子革命~』の原作となった書籍から、1960~70年代のアメリカの働く女性の環境と女性解放運動について探ります。

男女平等を求めて闘う女性を描いた『グッド・ガールズ』

Amazonオリジナルドラマ『グッド・ガールズ~NYのキャリア女子革命~』は、2012年に出版された本『The Good Girls Revolt: How the Women of Newsweek Sued their Bosses and Changed the Workplace』を元にしたフィクションドラマです。

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著者のリン・ポビックはNYでニュース誌を発行する「ニューズウィーク」社で働いたのち、1970年に同社で勤務する女性46人が、会社に対して起こした訴訟の模様やその後の人生をつぶさに描いています。

ニューズウィークの女性は記事を書くことができなかった

1960年代、女性は今では考えられないほどの性差別を受けていました。ロサンゼルス・タイムズ紙にリンが寄稿した記事によると、

ニューズウィークとの面接では、「うちでは女性は記事を書かない。それが嫌ならよそへ行け」と言われました。ノーラ・エフロン(映画監督)やエレン・グッドマン(ジャーナリスト)は去っていきました。そして残ったのが、わたしたちグッド・ガールズだったのです。

Los Angels Times」より翻訳引用

リンの著書やドラマのタイトルにもなった「Good girls(グッド・ガールズ)」は、優しく賢く謙虚で従順な女性をさします。会社はおろか本人たちでさえ、グッド・ガールズである自分たちが会社に反旗をひるがえすことになるとは思っていませんでした。

中産階級の模範的な白人女性たち(グッド・ガールズ)が権威に逆らったこの訴訟は、それほど世間を驚かせたのです。

1960年代のオフィスでの性差別

アメリカに関する情報を提供する「アメリカンセンターJAPAN」の「米国の歴史の概要 - 変動の時代:1960~1980年」によると、1963年の女性の平均賃金は男性の6割ほど。

リン曰く、ニューズウィークに勤める女性は男性よりも賃金が低いうえに、出世するチャンスもなかったそう。同期の男性がライターからエディター、そして編集長へと出世する道が開けているのに、女性は記事のクリッピングやリサーチといった仕事しか与えらなかったのです。

しかし、出世や賃金の格差にも増して、オフィスでうけた女性差別はさらに劣悪。

オフィスでは、男性が女性の側を通るときに彼女の首にキスをしたり、シニアエディターの男性が、「僕と結婚しないと会社にいられなくなる」と女性を脅したり、既婚の男性上司が未婚の女性部下に言い寄ったりなどは当たり前だったのです。

Los Angels Times」より翻訳引用

1960~70年代の女性解放運動と避妊ピル

第二次世界大戦中に男性の代わりに働いていた女性のなかには、男性と同じように労働できることに自信をもち、戦後も働き続けた人が多くいました。

そして、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアやマルコムXに代表される公民権運動に触発されて、1960年代後半から女性解放運動がはじまりました。数十万単位のデモがアメリカ各地で行われ、この運動は世界中に飛び火。

また、1960年にアメリカ初の避妊ピルが認可され、1965年には夫婦の避妊が合憲だと最高裁判所の判決をうけたことなども、女性解放運動を盛んにした要素でしょう。

そして、とうとう、1970年にメディア業界の女性として初めて自分たちの会社である「ニューズウィーク」社を訴えたのです。以後、つぎつぎと働く女性たちが職場での平等を求めて訴訟を起こしました。

結局、「ニューズウィーク」社は「女性にもシニアエディターのポジションを認める」と合意しましたが、変化が見られなかったために1972年に女性たちは再度訴訟を起こします。そして、1974年にはライターとレポーターの1/3、1975年の終わりには海外特派員の1/3が女性で占められました。

あわせて、1973年には、最高裁判所が女性の妊娠中絶を合憲だと判決。こうして、1960~70年代の女性解放運動は、仕事場での男女平等、男子有名大学への女性の入学、避妊、避妊ピル、中絶を合法にしたのです。

日本での女性解放運動

日本でも女性解放運動が1960年代後半に起こりました。アメリカの女性解放運動と、1968年から1969年にかけて起こった全学共闘会議(日本の大学生によるバリケードやストライキを使った実力闘争)がきっかけだと考えられています。

この運動からさまざまなグループが生まれましたが、なかでも中ピ連(中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合)が過激な反対運動で社会現象にもなりました。

とはいえ、日本が避妊ピルを合法にしたのはなんと、1999年。ほかの先進諸国は1960年代後半に合法化していたのに、なんとも遅い結果。バイアグラが同じ年にスピード認可されたことを踏まえると、男性至上主義を感じます。

わたしたちが働く環境はいまだ男女平等とは言えませんが、「Facebook」社の最高執行責任者であるシェリル・サンドバーグはこうアドバイスします。

「女性は手を上げなければいけないわ」そして、上げた手は早々と下ろさないこと。リスクを恐れずに自分のプロモーションは自分で交渉しましょう。

「Don't leave before you leave(本当に仕事を辞めるその日まで、自分から勝負を下りてはいけません)」

Los Angels Times」より翻訳引用

ビジネス+IT, Newsweek, BUSTLE, Our Bodies Ourselves, 米国の歴史の概要 - 変動の時代:1960~1980年

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