中国の通信企業・ファーウェイ(華為技術)の勢いが止まらない。
7月初旬に明らかになった製品の"製造プロセス"を研究するための、新しいラボの建設計画は、BUSINESS INSIDERの詳報も含めて非常に話題になった。
ファーウェイは今年、創業30周年を迎える。直近の売上高は全世界で5200億人民元(8兆7100億円)。これは日本企業でいえばパナソニック(7兆3400億円)を上回り、日立(9兆1600億円)に迫る規模だ。
今回、BUSINESS INSIDERは中国・深圳(深セン)のファーウェイ本社を訪れる機会を得て、エンタープライズビジネスの全容と製品開発が行われる現場の空気や、初公開のサイバーセキュリティセンターなどを取材した。
中国企業が、「エンタープライズ分野」という広い領域でどこまで手を広げ、何に挑戦し、そして何を"やらない"のか?数回に分けてレポートしていく。
日本企業の3倍を投じる、1兆円超の研究開発費
ファーウェイの今後2年の研究開発施設のロードマップ。現在7箇所ある海外の研究施設「OpenLab」を2019年までに20カ所まで拡大。OpenLabに総計200億円を投資する考えだ。
ファーウェイは従来から通信業界では名を知られた存在であり、基地局で高い技術を持ち、2010年代にスマホに本格参入、それぞれで世界有数のシェアをもつ。同社がいま、次の成長分野として注力しているのが、エンタープライズ分野だ。
2011年の参入以来、サーバー、ストレージ、ネットワークのスイッチといった様々な製品を市場に投入しており、直近の対前年成長率は47.3%、売上高は407億人民元(=約6800億円、エンタープライズ部門のみ)。全社のビジネスのなかで、いま最も成長しているカテゴリーだという。
急成長の背景にあるのは、全社で8万人と言われる若いエンジニアが支える開発力と、いまも続く「売上高の10%をR&Dに投じる」という豊富な研究開発投資にある。
ファーウェイの年次レポートによると、2016年度(1〜12月)の研究開発費は764億人民元(1兆2800億円)。対日本企業との比較では、日立が売上高の3.5%(3200億円)、パナソニックは6%(4400億円)だ。
深センに広大な敷地を持つ「ファーウェイ・キャンパス」
ファーウェイキャンパスの象徴的な高層建築。この建物だけが高層ビルで、ほかは基本的にアメリカのような低層の建物が広がっている。深センは地震は少ない地域とのことだが、万が一の際に業務に影響がないように高層ビルは一棟のみにしているという。
建設中の財務関連部署の建物。10階もない高さだが、窓の大きさから建物そのものの巨大さがわかる。
ファーウェイのキャンパスは中国の工場地域で有名な深セン市にある。
全世界18万人の社員のうち約4万人がこのキャンパスで働く。近隣にはシャープを買収した鴻海精密工業(ホンハイ)の深セン工場もある。通勤時間帯にはそれぞれの社員が道路を行き交うことになるが、鴻海と違うのは、ファーウェイの大半の社員はホワイトカラーであることだ。
キャンパス周辺の道路には、社員が乗って来たと思われるシェア自転車が多数駐輪してある。オレンジが日本にも上陸したMobike、青がbluegogo。写真のほかにほも、黄色のofoというシェア自転車も多数みかけた。
矢印の部分が写真のマップの位置で、丸で囲んだ部分が高層社屋。敷地の広大さがイメージできるだろうか。
広報担当者の案内を受けながらキャンパスを歩く。周囲を見回すと、社員たちは大学生や大学院生くらいの年齢にしか見えない。聞くと、本社の平均年齢はいまもおよそ30歳前後だという。ハードウェア製造主体のテクノロジー企業としては非常に若い。
その秘密は企業文化にあるようだ。同社では、実力のある若手社員は積極的に要職に引き上げる方針をとっており、早い段階で「エリート」の素養のある社員が出世していく。必然的に、上に上がれなかった社員は「ヒラで生きていくか、ファーウェイを離れるか」を自発的に選ぶことになり、結果として精鋭若手社員の新陳代謝が進んでいくようだ。
近隣には10棟3000室ある社員向けの独身寮や家族寮があり、社員寮の敷地内には余暇の時間にレクリエーションできるようなバスケットボールのコートなどもある。
社員の知見を深めるための教育施設"ファーウェイ大学"
ファーウェイは社員教育に力を入れていて、キャンパス内に「ファーウェイ大学」と呼ばれるトレーニングセンターを持っている。プログラムは2005年にはじまり、専任の講師が講義するほか、ファーウェイの重役や技術者、外部の専門家を招聘して講義も行なっている。専任講師の人数は、驚くことに約700人。講師のなかには、ファーウェイの非中国人社員第1号のイタリア人(レナト・ロンバルディ氏。電波関連が専門)の姿もある。
パネルの一番左の人物が、ファーウェイの非中国人1号社員のロンバルディ氏。電波関係が専門。
ファーウェイ大学の施設にあるカフェテリア。ファーウェイキャンパスにあるカフェ施設のコーヒーはすべてilly社のもの。
洋風の調度でまとめられた室内。パッと見てわかるとおり相当コストがかかった施設だ。創業者が歴史的な建築物を好むという理由から、ファーウェイ大学以外の施設も「ギリシャ風」「中国の伝統的建物風」などさまざまな建築様式の建物が立っている。
ここは市場か?フードコート? 活気あるファーウェイの"社食"
日本の大企業などと同様に、キャンパスには「社食」がある。ただし、建物は広大な上、3階建で、すべてのフロアがフードコートや販売スペースになっている。
近代化したグローバル企業の空気を感じるのは、イスラム系社員のためのハラールフード専用のフードコートがあるということ。外国人雇用が増え、宗教や食の違いにも配慮していくのは当たり前、ということなのだろう。
支払いは社員証をSuicaのようにかざして支払うシステムだ。ユニークなのは、社食メニューの調理を行う外注業者に対して社員が評価をする満足度投票のような仕組みがあること。評判が悪いと契約を切られてしまうという。競争原理が働くことで、別々の業者同士が切磋琢磨して味と価格が一定の水準以上になるようにしている。
キャンパス訪問の中で一度だけ社食で食事をする機会があった。適当に小皿を4つとって食べてみると、街中の店のような庶民的な中華料理で、日本人の口にもあう。猛烈に働いて、こういうところで仲間たちと食事をして、少し昼寝してからまた仕事に戻る、というのが社員たちのライフサイクルだ。
社食の代金支払いは社員証をかざして。中国はそもそも電子決済化が非常に進んでいて、街中で現金を取り出すのは旅行者くらい、というレベルにまでなっている。
社食のある建物の外観。敷地が広大なため、同じような社食用の建物が、キャンパス内のほかの場所にもあるとのこと。
ファーウェイの"エンタープライズ"ビジネスとは?
海外からの訪問客が多数訪れるキャンパスには、大規模なソリューション展示施設が複数ある。そのなかで、ファーウェイにおける"エンタープライズソリューション"の最新事例の展示施設に案内された。ファーウェイのエンタープライズ分野は、業務用IoT関連からサーバーソリューションまで、相当に幅広いカテゴリーを指す。
エンタープライズソリューション事例を展示する施設「インダストリー・ソリューション・エグゼクティブ・ブリーフィーング・センター」。
展示されるIoTの事例は、ファーウェイが"スマートシティ"と呼ぶ都市空間向けのものだ。雨水の貯水をネットワークに繋がったIoTセンサーで一括管理して利用の最適化をする「灌漑システム」、コンピュータビジョンを使った犯罪者摘発を想定した「監視カメラ」、遠隔医療システム、スマートグリッドなどがある。
少しわかりづらいが、これらのソリューションの大半は、パートナー企業とファーウェイとが提携や共同で開発しているものだ。つまり、ファーウェイが全ての最終製品をつくっているわけではない。
考え方としては、通信技術やチップセットなどをファーウェイが提供し、ソフトウェア(アプリケーション)部分はパートナー企業がつくる場合が多い。特に、「アプリケーションはパートナーに任せる」というのはIoTやサーバーなど色々な責任者から話を聞く中でも一貫したポリシーだった。
ファーウェイが提供するのはあくまで、広義の"インフラ技術"であり、黒子に徹することでビジネスを安定したものにする、という考え方を徹底している。
IoTを使ったワイヤレス監視のスマート灌漑システム。
スマートシティの取り組みの1つ。ファーウェイが"スポンジシティ"と呼ぶ取り組みで、雨水を地下に貯水し、スマート灌漑システムで農業用水として使う仕組み。IoTセンサーには、ファーウェイのスマホ向けチップ製造を担う子会社HiSilicon(ハイシリコン)のチップを使う。
街中の映像を一括分析 人物特定をする監視カメラシステム
スマート監視カメラとクラウドのデータセンターを組み合わせ、監視カメラをコンピューターの「目」にするセーフティソリューション。ソフトウェア部分はパートナーであるYITU社とSENSETIME社が担当。いわゆるコンピュータービジョンの技術を使っている。
車種の認識、人物の顔認識のほか、「赤いシャツを着た短パンの人」といったように膨大な監視カメラ動画から上半身・下半身で服装を絞り込んで抽出することもできる。すでに30カ国100都市で稼働しているという。
カメラ映像を解析して、カメラに写った人物を特定するシステム。監視社会的な怖さもあるが、テロ対策などにも有効そうだ。
同じシステムを使って、特定の服装の人物を抽出することもできる。上半身下半身の服装を指定して絞り込むこともできる。
街中の動きを可視化する都市マネジメントシステム(深セン市が導入)
警察、救急、消防の位置や、主要道路の交通量をリアルタイム監視するシステム。実際に深セン市で稼働している(展示は北京市をイメージしたデモになっている)。
事故現場には監視システムと接続された専用端末を持っていく。カメラで撮影した状況は、リアルタイムにシステムに反映され、都市の各所でいま何が起こっているのかを中央司令室から把握できるとのこと。
ビル内の空調や照明もIoTで見える化してクラウドで遠隔管理
パートナーである米ハネウェル社と開発するビルマネジメントのソリューション。ファーウェイの汎用LTEゲートウェイが採用されている。
両手の平に乗る程度のBOX状のマシン「AR502シリーズ」には、WiFi、各種有線の通信インターフェイスを搭載。内蔵するLTEの通信回線(産業水準のSIMカードスロットx2を搭載するデュアルSIM対応)でクラウドと繋げて、遠隔統合管理するシステムだ。
このBOX自身がCPUにCortex A9(メモリー256MB/ストレージ512MB)を搭載する組込型のLinuxベースのマシンになっている。ビルの各所にある温度や湿度センサー、エアコン、照明など、複数台の機器を管理できる。小規模のビルなら、これ1台ですべてまかなえるとのこと。
ハイエンドサーバー「KunLun(崑崙)」
ファーウェイのエンタープライズ向けのストレージやサーバー。中身は、一般的なインテルのx86ベースだ。右がハイエンドサーバーの「KunLun(崑崙)」、左がストレージ「OceanStor 18000V3」。
日本で研究開発進める「スーパーコンピューターの水冷システム」
HPC(ハイ・パフォーマンス・コンピューティング/スーパーコンピューター)分野では、水冷式の液冷システムを展示。この水冷HPCサーバーは日本の横浜に設置した「日本研究所」でも研究開発をしている。
ファーウェイ本社マーケティング担当ディレクターのキャサリン・ドゥ氏
ファーウェイにおけるデジタルトランスフォーメーションを主軸としたエンタープライズビジネスについて解説してくれた本社のマーケティング担当。
最新4.5G通信でモノとネットを繋ぐ"NB-IoT"搭載する「水道メーター」
別の建物の展示スペースでは、日本でも通信業界では知名度の高い基地局などの通信系ソリューションの展示を見ることができた。
5Gにおける別々の基地局に同時接続するキャリアアグリゲーション技術「デュアルコネクティビティ」対応の基地局アンテナ(参考展示)
デュアルコネクティビティの接続イメージ。2つの基地局とつながることで、回線速度を稼ぐ仕組み。
基地局関連では標準化に向けて開発が進む5Gの進捗が注目だ。日本においては、実証実験ベースではあるものの、2016年11月に世界初の5G大規模フィールドトライアルをドコモとともに日本で成功させた。5Gについては日本、韓国、アメリカが特にいち早く展開しようとしている国だと、説明員は言う。
通信技術としては、IoT向け無線技術の本命として注目を集めるNB-IoT(Narrow Band IoT)の開発と導入も進めている。NB-IoTは、単純にいえば、LTE通信技術をベースに帯域を絞ることで、無数のセンサーが通信を行う必要がある産業向けIoT製品に適した、「低消費電力とモデムチップの低コスト化」を実現するものだ。
NB IoT事例の展示は興味深い。展示していたのは水道メーター。既に納入実績があるもので、オーストラリアと深セン市で導入している。深セン市では、検針の人件費の圧縮で年間2.5億円(220万ドル)のコスト削減のほか、導入によってこれまで見過ごされて来た漏水も複数発見できたという。漏水発見による経済効果は、年間1400万トン、金額にして5.3億円(470万ドル)にのぼる。水道メーターに搭載するNB IoTの通信モジュールは産業向け通信用半導体大手u-blox社が手がけ、NB IoT向けチップセットをファーウェイが提供している。
左が深セン市が導入しているNB-IoT採用のスマート水道メーター。右はオーストラリア向けのもの。
高い技術を持つインフラ企業として、世界各地に進出を始めている中国企業ファーウェイ。彼らの製品づくりのこだわりはどこにあるのか? 関係者への取材でわかった詳細は、別の記事の中でお伝えしていく。
(写真:伊藤 有)