Business Insider Japanでは、ミレニアル世代のスタートアップ経営者を追うシリーズを始めます。1回目はベトナムを拠点にAIビジネスを加速させるシナモン(Cinnamon)CEOの平野未来。
「チーム・シナモン」の幹部3人。平野未来を中心に家田佳明(右)と堀田創(左)。全員が実行力や人脈、経営手腕、そして精神的なタフさが欠かせない「シリアルアントレプレナー(連続起業家)」だ。
私的な決断の数は少なく。「服は10着」を着回す
人工知能プロダクト・コンサルティング開発会社のシナモンCEOの平野未来(33)は、喋り出すとチャキチャキッとしていて親しみやすい。
「私の仕事は『これがイイ!』と思ったらすぐ動くスピードが命。だから私的な決断の数は極力少なくしたい。服はワンピースなどを10着だけ。自分に合う色をカラー診断して厳選したものだけを着まわしています」
このチャキチャキぶりが、ピッチ(投資家などへのプレゼンテーション)でのトークにそのまま生かされる。
今年2月に男児を出産し、そのわずか2カ月後に「モーニングピッチ」に登壇した平野。現在は生後5カ月の子を育てながらCEOとして陣頭指揮を執る。
平野と初めて会ったのは、毎週木曜日に都内で開催されるスタートアップのプレゼンイベント「モーニングピッチ」(トーマツベンチャーサポート、野村證券主催)。今年4月の「人工知能(AI)」特集の日に参加したところ、朝7時なのに、ウソでしょ⁉︎というぐらい都心のビル高層階の会場は熱気に溢れていた。100人を超す聴衆を前に、最初に登壇したのが平野だった。
昨年から、シナモンはAIビジネスに焦点を絞っている。 平野のモーニングピッチでのプレゼンは自社のAIプロダクトの一つ「Flax Scanner」について。自然言語処理の技術で文章の抽出や整理に費やす時間を大幅に削減する。
例えば保険業界では申込書や口座振替申請書にこの技術を採用するケースが多く、クライアントは国内外の大手金融機関や保険会社など10社近くにのぼる見込みだ。他にも、社内の会議調整をするチャットボット(ユーザーのメッセージに自動応答するプログラム)のAIプロダクトは、すでにベトナム最大手の通信会社と成約した。展開中のAIビジネスの基盤となる技術はすべて、「面倒な作業はAIに任せてホワイトカラーの生産性を上げるために開発したもの」(平野)なのだという。
ピッチ後、会場は挙手の嵐に包まれた。平野は大企業の新規事業担当者からコアな技術の解説を求められても、人工知能の企業への浸透ぶりや世界市場予測といったビジネス寄りの質問を受けても、右に左に青竹を斬り抜く武術家のようにスパスパと歯切れよく切り返していた。
20代で2社目を創業。新規事業はベトナムのカフェで着想
平野はコンピュータサイエンスを専門とするエンジニアだ。
「本当はパイロットになりたかったのだけれど、身長(150㎝)が足りなくて断念して。『それじゃあ、ロケットや飛行機をつくれる人になろう』と、大学は(お茶の水女子大学)情報科学科に進みました」
一方で、高校時代から「ネット中毒」に。その頃はウェブサービスの黎明期で、ネット上には小さなチャットサービスが乱立していた。
「匿名チャットに毎日入り浸っているような女子高生でした」
平野がインターネットの歴史から振り返ったとき、心の底からすごいと思えたのは、Eメール、匿名チャット、SNSの3つのサービスだったという。これに匹敵するスケールのビジネスを創っていこうと心に決めた。
大学4年生と修士1年生の2度にわたり、IT系のアイデアに対し国が助成金を出す人材発掘プロジェクト「未踏ソフトウェア創造事業」に採択された。起業家・平野を形作る原点は、「未踏」でつながった人脈を通じて熱い起業家マインドに浸かった経験にある。
当時師事したソニーコンピュータサイエンス研究所代表の北野宏明には「発破をかけられ、怒られ続けた」。起業の相談にいくと、北野からの言葉は「えっ、まだしていなかったの?」という具合だった。
東京大学大学院に在学中だった2006年、堀田創(シナモンCTO、34)とともに「ネイキッドテクノロジー」を創業。未踏ソフトウェアで開発費として補助された2500万円で、会社を始動させる資金を賄った。
スタートアップ人生の幕開けは、山あり谷あり。人と人との相関関係をウェブ上の友人関係やコミュニティによって分析する「ソーシャルグラフ(人間関係図)」の技術を使った当初のサービスは、「さっぱり売れなかった(笑)。今でいう人工知能によるビッグデータ分析の技術ですが、早すぎました」。
堀田は平野と同様「未踏プロジェクト」で肩を並べた優秀なエンジニア。シナモンの技術部門を一手に引き受けている。
それでも、堀田とともに「アドバンストな技術を実用化までぶつけ続け」、投資の第1段階では東大エッジキャピタルから1億円の増資を受けることができた。さらには、第2段階でいきなりミクシィから売却の話が持ち上がった。ちょうどスマートフォンの波がどっと押し寄せ、HTMLを書くだけでスマホとガラケー両方のアプリを開発できるミドルウェアを売り出したところ、当時スマホ対応の技術と人材を求めていたミクシィの目に留まったのだ。2011年にミクシィへの売却を決めた。
売却資金を元に、2012年10月、2社目となる「シナモン」をシンガポールで創業した。28歳の時だった。最初に展開した写真チャットアプリ「Koala」の事業構想は「ベトナムのカフェでふっと浮かんできた」という。
常軌を逸した天才肌。現地に飛び込みゼロから人脈
1社目を創業した頃から、平野は大きく2つの構想を描いていた。1つ目は「人々の日々のコミュニケーションを劇的に変えるようなプロダクトをつくる」ということ。2つ目は「海外でビジネスをする」ということ。
1つ目を構想した背景には、深い思いがあった。
「経営は資金繰りや人の解雇など難しい局面も潜り抜ける時がある。目先の利益や人からのウケで動いちゃうと、しんどくなっていく。『心から情熱を傾けられること』を真ん中に置いて、そこから行動しなきゃなと。起業家1年生だった私は、試行錯誤の中で学んでいったんです」
2つ目の「海外」を目指したこと自体は、「勢いがある」「ひとところに留まらない」と周囲が口を揃える平野だけに不思議はない。でも、なぜアジアをターゲットとしたのか?
「昔から旅行をするのが好きで、バックパッカーで50カ国は周りました。アジアの人々は圧倒的にエネルギッシュだった。みんな『明日の方が今日よりもいい』って信じている感じで。アジアは伸びるなと肌で感じていました」
家田は自身でスタートアップの創業を何社か経験。起業家仲間として以前から平野のことをよく知る。昨年からシナモンに合流した。
2014年にはサイバーエージェント・ベンチャーズをはじめ、日本の名だたるVCから1億5000万円の資金を調達した。翌年にはベトナムに開発拠点を設立。その後は台湾やタイのバンコクにマーケティングのチームを置き、急ピッチでアジア展開を進めた。いずれの国でも実際に生活し、現地の人の声に耳を向けた。
「現地に入ると、肌で感じる『生の情報』に溢れている。ネットで得た情報の何十倍もの情報が得られる」
COOの家田佳明(37)は、ビジネスの構想も人とのつながりのつけ方も、発想の仕方が天才肌だと平野を評する。それも、「常軌を逸した」という枕言葉をつけて。
「私自身が、物事をきちんと計画して積み上げていくタイプなのですが、そうした積み上げ思考ではたどり着けないような発想をしてくるのが平野。いきなり『ゴールが見える』とか『正解が突然降ってきた』とか言ってくるので、最初はとまどいます。でも、ふたを開けるとその直感がピタリとハマってくる」(家田)
ベトナムに「超優秀」な頭脳集団ラボを設置
起業家1年生の頃に「ソーシャルグラフ」で失敗したが、AI時代の今、「今度は時代がついてきた」(平野)。だからこそ、「原点回帰」で自分らが得意とする人工知能ビジネスに舵を切った。
平野らの強みは、顧客の求めるニーズとサイズに見合うAIプロダクトを仕立てて差し出せる柔軟さだ。顧客にカスタマイズさせるために、あえて深層学習も機械学習も両方使っている。「うちにはこんな技術あります」的な押し付けではなく、丁寧なコンサルティングを実施した上で、「御社ならこういうアルゴリズムを使ったほうがパフォーマンスを出せます」と、顧客が現場で「使える」技術にチューニングして提供する。
ベトナム・ハノイに「超」優秀なAIの「頭脳集団」がいる人工知能ラボを置き、高度な技術を扱いつつスピーディーな開発をより安価にできる体制を敷いたところに、同社の先取点がある。 現地で応募してくる技術者は、ハノイ国家工科大 学・ハノイ工科大学を中心としたトップ の学生や卒業生たちだ。平野は「日本でいう東大、東工大のトップ学生、大学院生のレベルです」と太鼓判を押す。ベトナムの拠点を率いるCTOの堀田はこう解説した。
「最近では1回に350人の技術者が応募してきて35人を採用しました。競争率は10倍。彼らにはめちゃくちゃ高度な数学とコンピューターサイエンスの試験を課しました。たぶん東大の大学院卒の平野が受けても落ちますね(笑)」
2015年という比較的早い時期にAI頭脳王国を「現地に分け入って見出した」平野の嗅覚は、確かに天性のものなのかもしれない。
とはいえ、「ちゃんと仕事をしてもらえる集団」に仕立て上げるまでには、「痛み」も味わった。 創業当初、人工知能ラボを開設する前はアウトソーシング会社からの派遣という形で人を集めたが、期限に関係なく定時で帰る人が多く、外注意識が抜けない人の集まりと化していた。泣く泣く、チーム全員を解雇した経験もある。
大失敗の連続で今に至るという平野だが、数多の経験を重ね、口説き上手に。コンセプトを書いた資料1枚で数千万円の投資を獲得したこともある。
家田によれば、「飛距離の高いところに点を置き、CEOの平野とCTOの堀田とCOOの私という三角形のチームで創る事業のスケールをぐんと大きく広げるのが彼女の役割」だという。
ビジネスの話でも、まるで雲の上から人の暮らしを眺めているかのような「天上からのまなざし」で語り出す。例えば、インタビュー中も、現在展開中の「ホワイトカラーの生産性を高めるAIビジネス」の話をこんな風に切り出した。
「日本の通勤電車で、みんな疲れ切った顔をしているでしょう? 人間の生産性を高めてみんなが自分のやりたいことに集中できる世界をつくれば、みんながハッピーになる。人工知能であの一人一人の顔を明るくしたいんですよ」
そして、さらりと言ってのけた。目指すゴールは「石器みつけました!」という原始時代から連続的に続いているような「人類の進化に貢献すること」なのだと。(本文敬称略)
(撮影:今村拓馬)
平野未来(ひらの・みく): Cinnamon(シナモン)共同創業者・CEO。1984年東京・浅草生まれ。お茶の水女子大学でコンピュータサイエンスを学び、東京大学大学院で修士取得。在学中に情報処理推進機構の「未踏ソフトウェア創造事業」に採択。そのメンバーと2006年に創業したネイキッドテクノロジーをミクシィに売却後、2012年にCinnamonをシンガポールに創業。昨年、米国人経営者と結婚し、今年2月に長男を出産。