企業や自治体が制作したテレビCMやPR動画に対して、SNSなどで投稿者の批判が集中する「炎上」が止まらない。サントリーが公開した「頂」(いただき)のPR動画は、性的なイメージを想起させる表現に批判が集まり、公開翌日に削除された。一方で、ほぼ同時期に公開された宮城県の観光PR動画は、「エロ系動画」などとして拡散され、再生回数は220万回(7月24日現在)に届こうとしている。
近年の炎上CMは女性の描き方に非難が集中するケースが多く、企業側は問題が起きればすぐに削除する構図が定着しつつある。確信犯的な表現が消費者に拒絶された例もあるが、一方で過去に消えたCMの中には、肯定的な反応も。SNSによる強力な情報の拡散が可能な一方、ともすれば、炎上事案を捜し回る”炎上ポリス”化しがちな現代。いつまで騒ぎは繰り返されるのか。
チカラのある動画にはある程度の制作費が必要
「動画の需要は増えている。テレビCMだけでなくホームページ上に置きたいというクライアントからのニーズもある。 低予算で作ってくれという安易なリクエストもあるだろう」
電通のクリエーティブ・ディレクターとして30年以上にわたって広告制作に携わり、現在は上智大学で広告学の講師も務める、ブランドア代表の藤島淳氏は、インターネットの動画配信が普及したことで、広告の制作環境に変化が生じていると指摘する。
「ただ、一つ言えることは、ちゃんと世の中で認知され、受け手側に訴えるチカラをもつ動画は、ある程度の制作費をかけないとできないということ。予算がない中で好きな動画を作ってと言われたら、断るべきだ。話題を呼ぶにしてもやり方を間違えると、企業も商品も双方のブランドを毀損しかねない」
ネット上には広告に限らず、無数の動画が存在し、消費者の時間の奪い合いが繰り広げられている。あえて性的な表現に踏み込むなど、「炎上」により、注目を集める「炎上商法」なのではとの指摘もあるが、藤島氏は「論外」と断じる。
「広告会社は、クライアントである企業の商品のブランド価値を高め、高めた結果として商品も売れ企業の名が上がるという、長い目で見ていい関係になることを一番に考えるもの。話題になればそれでいいという、炎上商法的な『やり逃げ』はあり得ない」と、その手法のリスクを指摘する。
リスクある表現は企画者の努力不足
それでは、まさに「炎上商法では」との批判を浴びたサントリー「頂」のPR動画は、どのような経緯で公開打ち切りに至ったのか。
サントリーホールディングス広報部によると、サントリービールが新ジャンルの酒類である「頂」を発売したのは今月4日。6日午前9時に、新商品のPR動画を商品のウェブサイト、YouTubeやSNSを通じて公開した。テレビで放送する予定はなく、インターネット向けに限定して制作したという。
動画は、東京、大阪、愛知、福岡など日本各地の出張先で、男性が居酒屋で相席になった地元の女性と2人で食事をする様子が、男性の一人称視点で描かれている。女性の仕草や発言には、確かに、性的なイメージを想起させる内容を多く含むように見える。公開後のTwitterには非難の声が殺到した。
「AVの見すぎか、モテない男の妄想か、下手なイメージビデオにしか見えん」
「どう考えても下ネタ」
「これにOK出す企業ってどうなのよ?」
SNSでの批判を受け、サントリーは翌7日午後7時30分に動画を削除した。公開からわずか30時間余りで削除に追い込まれた形だ。この間、YouTubeを通じて約2万7000回再生されたという。
サントリーに問い合わせたところ、広告として使用する動画については事前に「制作意図が適切に伝わる内容か」(同社広報部)を確認している。 同社によると、社内での確認のプロセスは次のとおりだという。
・まず、仮編集の段階で関係部署による試写を行い、修正が必要な点がないかチェック。
・その後、本編集をしたものについても試写を行う。
・公開までに複数回の試写を重ねながら、制作の目的に沿った内容に仕上げていく。
今回のPR動画の対象は性別を問わず幅広い視聴者を想定し、女性の視点からも事前にチェックをしたという。
サントリーの宣伝部門は、作家の開高健や山口瞳ら多くの才能を輩出した名門だ。数々の企業の広告制作に携わってきた藤島氏は手厳しい。
「 クリエーティブ・ディレクターは、何を伝えるかの“What to say”を発見するエネルギーが9割、どう伝えるかの“How to say”に費やすエネルギーは1割でもいい 。『頂』のネット動画には、一番大事な『何を伝えるか』がない。What to sayにエネルギーを注げば、魅力を伝える方法は他にいくらでもあった。わざわざリスクがある表現にいくのは、企画者が努力していないからだ」
You Tubeで公開されている仙台・宮城観光PR動画。
You Tube
宮城県の観光PR動画にはタレントの壇蜜さんが出演し、唇アップと共に繰り返される表現が「下ネタすぎる」「18禁」とツイッターを中心に話題となり、相次ぎメディアが取り上げた。こちらは7月20日時点で削除されておらず、再生回数は伸び続けている。
性的なニュアンスを埋め込むことで注意を引く手法は、昔からの常套手段。ただ、ジェンダー意識が高まり、セクハラが問題になっているこの時代、これまでと同じような意識でCMを作っていては、企業や商品のイメージを毀損することにもなる。そういう意味でサントリーや宮城県のCMは、感覚が圧倒的にズレていると言わざるを得ない。
「25歳からは女の子ではいられないんだなあ」
むしろ今問題なのは、女性にポジティブなメッセージを送ろうとしたのに、結果、炎上してしまう、といったケースではないか。
例えば、2016年10月に放映された、資生堂の化粧品「インテグレート」のCM。人気女優やモデルら女性3人の25歳の誕生日会を描いた。
「きょうからもう女の子じゃない」
「もうチヤホヤされない」
「下にはキラッキラした後輩が」
こうしたセリフについて、「25歳を過ぎたらいき遅れという昭和の価値観みたい」「女を武器にしろということか」などと、Twitterを中心に批判が噴出した。資生堂は同月7日には「大人の女性になりたいと願う人たちを応援したいという当CMの意図が十分に伝わらなかった」として放映を中止した。
実はこのCMにはポジティブな反応もあった。当時、このCMを見た中堅コンサルティング会社の女性社員(29)は「素直にいい広告だな、と思った。25歳からは女の子ではいられないんだなあと」。ある広告業界関係者によると、首都圏の大学の広告に関する授業で、このCMに対する反応を女子学生に尋ねたところ、9割が肯定派だったという。
「メッセージに間違いない」
日用品メーカーのユニ・チャームは昨年12月、「ムーニーから、はじめて子育てするママに送る歌」と題した動画をインターネットで公開した。いくらあやしても泣き止まない赤ちゃんと、たった1人で育児に孤軍奮闘する母親の姿を描く。パートナーとおぼしき男性の姿はわずかに登場するだけだ。
今年4月中旬頃、この動画を同社のTwitterで展開したところ、「ワンオペ育児賛美にしかみえない」といった批判が噴出。一方で、「当時の自分にがんばったよね、と声をかけてあげたい」「これが現実だ。美化しない内容に好感もてる」との共感の声も上がるなど、賛否両論となった。
You Tubeで公開されているユニ・チャームのおむつ「ムーニー」の動画。
You Tubeの公式ブランドページより
ユニ・チャームは現在も、動画の公開を続けているが、その意図を次のように説明している。
「あくまでも、子育てをはじめてされるママたちへの応援のメッセージとして提供しています。そういう内容に間違いがないという判断で、いまもメッセージとして残しています」(広報部)
そこにポイントがある。何かを表現すれば賛否両論が起きるのは当然なのだ。どんな批判が来ても「メッセージとして間違いがない」と自信を持って言い切れるかどうか。藤島氏が指摘する通り「何を伝えたいのか」が明確で、それを社内で共有できているのかが問われている。
もう一つ、一連の「炎上騒ぎ」で見えて来たのは、批判の声が一気に大きくなったときに、違う反応(例えばポジティブな反応)があってもその意見はかき消される、ということだ。特に企業がCMの放映を中止することで、批判以外の声がこの世の中にないものとされてしまう。それこそ多様な見方や意見を封殺することにならないだろうか。
日本では批判、海外では高評価も
2015年秋にネット上で物議を醸したのは、味の素AGFがネット限定で公開した、ブレンディ「挽きたてカフェオレ『旅立ち』篇」だ。牛を擬人化した設定で、卒業式ならぬ“卒牛式“を迎える高校生が、食肉工場や闘牛場などそれぞれの進路を告げられる悲喜こもごもを描いた。主人公の女子高校生は「濃い牛乳を出し続けるんだよ」との、校長先生とみられる人物のセリフと共に、念願の「ブレンディ」行きを告げられ喜ぶ。
Shutterstock
こうした展開が「気持ち悪い」「女子高生の母乳を連想させて差別的」などの批判を呼んだ。
一方で、“卒牛式“のCMは、海外の広告賞を受賞するなど評価も受けた。ネット上には「管理社会への風刺が効いている」「いい出来栄え」といった声もある。
広告を機に議論やコミュニケーションを
今年6月に南仏で開催された、世界最大規模の広告祭「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル 」では、ある広告が話題となった。ニューヨークのウォール街のシンボル「チャージング・ブル(雄牛の突撃)像」の前に、ある日突然、立ち向かうかのように置かれた「Fearless Girl(恐れを知らない女の子)」のブロンズ像によるキャンペーンだ。
仕掛けたのは米国の金融系サービスの会社。インスタグラムやFacebookでシェアされたのをはじめ、メディアも取り上げ「女性の生き方」を問う議論を広げるなど、大きな反響を呼んだという。
海外広告賞での審査員経験も多数ある藤島氏は、こうした動きに注目し、こう話す。
「make conversation(対話しよう)、つまり広告をきっかけに世の中が議論やコミュニケーションを始める広告が、新たなスタイルになるのではないか。時代はダイバーシティを目指し、『寛容』が新たなキーワードになっていくだろう。炎上商法は広告の作り手としては論外だが、受け手は自分の考えと違ったら叩くという祭りに、そろそろ飽きてもいいのではないか」
広告が「批判を浴びたら削除」を繰り返すのではなく、一歩踏み込んだ議論へと“燃える”日は来るのだろうか。ただそのためにも、「何を伝えるか」が明確でブレないものである必要があるのは、いうまでもない。