大統領選挙中のドナルド・トランプ氏
REUTERS/Mike Segar
共和党の大統領候補者ドナルド・トランプ氏は、今回の大統領選挙中「シリアのアサド大統領とその同盟軍はテロと戦っている」とたびたび主張している。
「アサド大統領のことはまったく好きではないが、彼はISを殲滅している」
第2回大統領候補テレビ討論会でトランプ氏はそう語った。
まさしくそれはアサド氏の狙い通りだ。しかし、専門家は間違いだと指摘する。
「アサド政権の戦略は、世界に二者択一の選択を迫ることだ。世俗的なアサド政権とイスラム過激派のどちらが良いかと私たちに選択を迫っている」
2011年から2014年に渡ってアメリカのイラク駐在大使を務めた中東研究所(Middle East Institute)の上級研究員ロバート・フォード(Robert Ford)氏はBusiness Insiderにこう語った。
そして「ロシアはすでに決断を下した」とフォード氏は付け加えた。
ロシアは5年以上も続いているシリア内戦において、アサド政権の主要な同盟国の1つだ。プーチン大統領はアサド政権の支援を目的に、ロシア軍のシリアでの軍事活動を承認した。プーチン大統領は「テロと戦っている」と主張する一方で、ロシア軍のターゲットはアサド政権と対立する穏健派反政府組織がほとんどだ。
シリア内戦には複数の戦いがある。領地争いを繰り広げるISやアルカイダ関連グループなどのテロ組織との戦いと、穏健派反政府組織との戦いだ。しかしアサド大統領の最大の狙いは、穏健派を一掃することによって自身の政権を正当化することにある。
「テロ組織はアサド大統領のメインターゲットではない。アサド政権はほとんどの時間を穏健派の撲滅に費やしています。選択肢を過激派かアサド政権かに狭めたいからだ」とフォード氏は語った。
ロシアがシリアへの軍事介入を開始した2015年9月と2016年9月の空爆を詳細に見ればそれは明らかだ。ワシントンにあるシンクタンク The Institute for the Study of War によれば「特に西側で活動する、主流の反政府組織を再三にわたり攻撃していて、『テロリスト』を攻撃しているというロシアの主張は間違っている」。
いくつかのテロリストを空爆したとはいえ、それらはロシアのメインターゲットではない。
シリアに対するロシアの空爆(2016年 7月28日 - 8月29日)
Institute for the Study of War
「アサド政権の支援を目的に1年以上前にシリアに軍事介入して以来、ロシアはその戦力のほとんどをシリア国民とアサド政権に対抗する反政府組織に注いでいる。それらはISが獲物とする人々でもある」
当時の米国務長官ヒラリー・クリントン氏のもとで、シリア問題の特使を務めていたフレデリック・ホフ(Fred Hof)氏はメールでBusiness Insiderにそう伝えた。
「IS、アサド大統領、ロシア、そしてイランは共通の目的を持っている。ISとアサド政権がシリアに残る最後の組織になるよう仕向けることだ」
しかし、ホフ氏は、アサド大統領が自らをテロリストに対する最後の砦にしようとする筋書きを、トランプ氏が故意に助長していたとは思わないと言う。
「私はトランプ氏が故意にモスクワ - テヘラン - アサドの共同戦線を助長しているのではないと思う。無慈悲な政権とロシアの攻撃に対抗すべくアレッポの防衛に召集されたアメリカ国民とは違い、トランプ氏はこの問題をまったく理解していないようだ。彼が望めば修正できるのだが」とホフ氏は続けた。
フォード氏も同様の評価を下した。
「失礼ながらトランプ氏は何も理解していない。ISの問題は本質的に政治問題であり、単なる軍事的手段で解決を図れるような問題でないことをトランプ氏が理解しているとは思わない」
専門家はシリアのテロ問題は政治的な問題であると主張する。なぜなら、アサド大統領が権力を握り、反体制派が持ち得ない空軍力を使って爆弾と化学兵器による容赦ない攻撃を一般市民に向け続ける限り、人々は穏健な反体制派より、武器の整ったテロ組織を加担し、アサド政権に対抗した方がましだと考えるからだ。
アサド大統領の軍隊はどのテロ組織よりも多くの一般市民を殺害している。アサド大統領はシリアに残るほとんどの一般市民にとって一番の敵だ。
「アサド政権自体がこの政治問題の根源なのに、アサド大統領を問題解決に含めることはどう考えてもおかしい。私にはまったく理解できない」とフォード氏は言う。
「それどころかテロ攻撃に加わる人を増やし問題を悪化させるだけだ」
[原文:Donald Trump is repeating Syrian President Bashar Assad's talking points]
(翻訳:井本慶太郎)