―― 筆者の岡徳之氏はコンテンツ制作会社「Livit」の代表。現在はオランダを拠点に、欧州・アジア各国をまわりながらLivitの運営とコンテンツの企画制作を行う。
「熟年離婚」と聞いて、「自分にとってはまだまだ先の話」と思うかもしれないが、実はそうとも言い切れない。なぜなら、熟年離婚を切り出す理由に、「子どもの出産直後に夫に抱いた不満」を挙げる女性が少なくないからだ。こちらのグラフを見てほしい。
女性の愛情曲線(出典:東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美由喜 著『夫婦の愛情曲線の変遷』)
これは、女性が「彼氏・夫」「子ども」「仕事」「趣味」「その他」に傾ける愛情の度合いを示している。子どもの出産を契機に夫への愛情が一気に薄れているのが分かるだろう。つまり、夫の「育児参加」への姿勢が、数十年後の夫婦仲を左右するかもしれないのだ。
男性の育児参加は、日本の国民的議論の的となっている「働き方改革」においても重要な観点だ。家庭における男女の役割を見直し、働く女性の力を借りて社会をより効率化していければ、深刻な長時間労働の問題も少しずつ解消していけるだろう。
男性の育児参加を促すには何が必要か。それを探るべく、「子どもが世界一幸せな国」(*ユニセフ調査)オランダで、働きながらも積極的に育児参加する男性に話を聞いた。政府や企業が整備すべき「環境」と、男性ビジネスパーソンが備えるべき「意識」とはいったい——。
「子どもが世界一幸せな国」の父親像
ユニセフが公表した子どもの幸福度調査の結果
これは、ユニセフが2013年に公表した「子どもの幸福度調査」の結果だ。対象は29の先進国。そこで世界一となったのが「オランダ」である。2位はノルウェー、3位はアイスランド、4位はフィンランド、5位はスウェーデンと、北欧の国々が続いた。
今回取材したのは、オランダ人のロンさん(40歳)。職業は、オランダと日本の医療機器メーカーの橋渡し役で、実は昨年、家族を連れて長崎県に半年間駐在していた。そのおかげで日本の育児文化を初めて経験し、よく知っている。
ロンさんの家族は、奥さんのジェシカさん(39歳)、長男のピムくん(7歳・小学2年生)、長女のロッテちゃん(6歳・今年9月に小学校に入学予定)で構成されている。オランダ南部のライデンという街で4人暮らしをしている。
ロンさんとご家族
ロンさんは日々忙しく仕事をしながらも、育児に積極的に参加している。長男の学校の送り迎えや小学校入学前の長女のお世話は、オランダ企業にフルタイムで勤務する奥さんと半分ずつ分担。料理にいたってはなんと、主にロンさんの役割だ。ロンさんのような父親像はオランダではめずらしくない。平日に家で子どもの面倒をみたり、パパ友とその子どもたちだけでカフェに集ったり。小学校が終わる午後3時くらいになると、学校の前は自転車で子どもを迎えにきた男性でいっぱいになる。
オランダの男性はなぜ育児参加に積極的……?
なぜ、オランダの男性はそこまで育児に参加できているのか。そうロンさんに尋ねたところ、「3つの理由」が返ってきた。
日本人男性の育児参加を促す3つのヒント
ロンさんが教えてくれたのは、
- ワークシェアリング
- テクノロジーによる仕事の合理化
- 両親休暇(Parental Leave)
の3つだ。1つ目の「ワークシェアリング」とはその名の通り、1人でもこなせる「あるひとかたまりの仕事」を複数人で分割することだ。 例えば、ある会社の秘書業務(週40時間)を、パートタイムで働くAさんとBさんの2人で20時間ずつ分担する。オランダでは「同一労働、同一賃金」と定められているため、パートタイムであってもフルタイムと待遇は変わらない。
この制度を男性も活用することで、積極的に育児に参加できる。パートタイムで働く時間が短い分、収入は少なくなるのだが、そこは夫婦でカバーし合う。自由な時間をとるか、高い収入をとるか、オランダの男性には選択肢が用意されているのだ。
平日に子どものお世話をするロンさん
2つ目は「テクノロジーによる仕事の合理化」だ。オランダでは、育児に積極的に参加するために自宅でのリモートワークを希望する男性が少なくない。実際、会社のネットワークに自宅からアクセスできるよう環境を整えている企業も多くある。 企業だけでなく、官庁でも同じだ。ある職員の話によると、自宅から会社のネットワークにアクセスすると、それが実労働時間と見なされて、報酬や休暇取得日数に反映される。テクノロジーを取り入れることで働き方の柔軟性を高めようとする姿勢は、日本企業も見習いたい。
3つ目が「両親休暇(Parental Leave)」。同じ企業に一年以上勤め、子どもが生まれた人に与えられる無給休暇のこと。期間は契約した雇用時間の半年分で、子どもが8歳になるまで消化できる。2人目の子どもが生まれた場合、さらにもう半年分、追加される。「パパ休暇(Paternity leave)」もある。パートナーの出産直後に与えられる、2日間の有給休暇だ。この休みで父親は出生届をしなければならない。オランダでは生後3営業日以内に出生届をしなければ罰金が課される。出生届は父親としての初仕事なのだ。
出生届でもらえる育児書とコウノトリの人形
一言補足しておきたいのは、企業の従業員に与えられる産休・育休の権利は日本もかなり充実しているとい うこと。その権利をどれだけの人が、どのくらい行使するかという男性の姿勢にも、オランダと日本の違いが見て取れる。
「1人の時間」も充実、そのための工夫
仕事に育児、それだけで手一杯のような気もするが、ロンさんは1人の時間も充実させている。趣味はスカッシュ。ちなみに奥さんのジェシカさんも、夜に会食で出かけることもあるという。そのために工夫しているのが「夫婦の連携」と「地域コミュニティーの活用」 だ。
「夫婦の連携」について、ロンさんは奥さんとGoogleカレンダーで予定をシェアしている。どちらか1人が外出する際、必ずもう1人が子どもの世話をできるようアレンジするためだ。自由時間を増やすためネットスーパーを利用するのも、どこまでも合理的なオランダ人らしい。 どんなに調整しても、2人とも予定が入ってしまう時はどうしてもある。そんな時、助けてくれるのが「地域 コミュニティー」だ。近所に住む若い女性の友人に、良心的な料金で子どもを預ける。子どもたちも「お姉ちゃんの家に遊びに行く」となついているそうだ。
近所の知り合いとはいえ、子どもが家族以外の人になついている背景には、オランダならではの子どもに早くから自律を促す育児文化がある。多くの家庭で、子どもが一歳になるまでにすでに子ども部屋が与えられるというから驚きだ。夫婦の連携、地域コミュニティーの活用を通じて、ロンさんたちオランダ人の男性は、育児をしながら1人の時間も楽しんでいる。
スカッシュを楽しむロンさん
オランダ人男性にとって「育児」とは?
日本人男性に育児参加を促すためには、ここまで述べたような方法で環境を整備することは必要不可欠だろう。一方、男性の「意識」も変わらなければいけないとロンさんは言う。それはどのような意識だろうか。
ロンさんは、長男のピムくんが生まれたばかりの頃、在オランダの日系企業に営業ディレクターとして勤めていた。その頃、会社と「ある交渉」をしたと言う。
「給料を上げると言われたんですけど、それを断ったんです。その代わり、月曜日の午前中は家で仕事をさせてください、と」
そんな交渉は、当時、日系企業では前代未聞。一筋縄ではいかなかった。ロンさんは社長にオランダの育児文化と、リモートワークでもこれまでと同じパフォーマンスを発揮できることを訴え続けた。その甲斐あって、またロンさんのそれまでの評価が高かったことから、社長も納得。
「昇給するはずだった分の給料で、育児に充てられる自分の時間を買ったんです。自分にとっては『投資』みたいなものだと思っていました。子どもが大きくなるのはあっという間ですが、その過程をすべて見ることができた。自分にとっては良い経験、思い出になりました」
さらに、「大人って、仕事じゃなくて、子どものためにこの世界にいるんだと思うんです。もちろん家族がごはんを食べるためにお金を稼ぐことは大切。だけど、いちばんは子どもであり、父親であることとお金を稼ぐことのバランスを間違えてはいけない」と。「父親」としての役割に対する、日本人男性との意識の差を感じずにはいられない。
子どもたちと遊ぶロンさん
変革には時間がかかる、日本も早くスタートを切ろう
オランダ人男性は始めから育児参加に積極的だったわけではない。ロンさんの父親たちの世代は、男は外で働き、女が家を守るという考え方が主流で、ワークシェアリングの制度が浸透し始めた1980年代から徐々に変わっていったという。ロンさんたちは、いわばイクメン第一世代だ。
変わるのには時間がかかる。「ベビーシッターを増やそう」などオランダの環境を一部切り貼りしただけではダメで、育児休暇制度の整備、働き方の選択肢を増やすべく労働市場の流動性向上、そして市民の意識改革、取り組まなければならないことは山積だからだ。
だからこそ、日本も早く変革のスタートを切ろう。そのときロンさんのようなオランダの男性たちから学べることは多くあるはずだ。
毎年、パパ友と子どもたちだけでキャンプ