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1年前の2月、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業と産業革新機構は、シャープの買収を巡って最終交渉を繰り広げていた。投資規模2兆円を有する革新機構は当時、シャープと東芝傘下の白物家電事業を統合させて、日本のIoT(Internet of Things)開発の礎を創るとする提案を提示していた。
その約1カ月後、シャープの当時の取締役達は、数年にわたりシャープにラブコールを送り続けた鴻海の提案を採用することを決めた。結局、東芝は6月に、長い歴史がある白物家電事業を運営する「東芝ライフスタイル」の8割の株式を中国家電大手の美的集団に売却した。
2017年、昨年から続く東芝の事業売却が国内の紙面を賑わせている。米国の原子力発電事業で巨額の損失を計上する東芝は、メモリー事業への出資を受け入れることを決め、出資企業の選定作業を開始。ロイター通信などによると、韓国の半導体大手SKハイニックスが関心を示しているという。NAND型フラッシュメモリーで東芝は世界第2位を誇る。現在までに、東芝のメモリーや原子力事業に対する革新機構の動きはない。
アジア企業が日本のエレクトロニクス産業の技術を手中に収めようと虎視眈々と狙っているのは確かだ、と話すのはニッセイ基礎研究所・チーフエコノミストの矢嶋康次氏。そして世界がIoTなどがもたらす第4次産業革命に向かう中、国内のエレクトロニクス企業は投資エリアを明確にして、事業売却から得た資金を投下していかなければならない、と続ける。「IoTやAI(人工知能)では、米、ドイツ、中国は動きが早く、日本は出遅れた」と、矢嶋氏は言う。
東芝は14日午後12時に決算の適時開示を予定していたが、「独立監査人によるレビュー手続きが終わっていない」として発表を延期。代わりに、2016年度の第3四半期および通期の業績を東芝独自の見通しとして発表した。4月〜12月期の純損益は4999億円の赤字、原発関連損失は営業損益ベースで7125億円とした。
東芝は、取締役で代表執行役会長の志賀重範氏が役職を辞任することを明らかにした。東芝傘下ウェスチングハウスの米ストーン&ウェブスター社の買収に関連する損失に伴い、経営責任を果たすという。
記者会見に臨む綱川智社長
中西亮介
経済産業研究所の岩本晃一・上席研究員は昨年、レポートの中でこう強調している。「日米経営者の意識比較調査を見ると、米国の企業経営者はITへの投資を新しいビジネスモデルを創る『攻めの投資』と捉えている。一方で、日本の経営者はコスト削減や人員削減を進めるための『守りの投資』と考えている。日本からGoogleやAmazonといったネット上のビッグビジネスが生まれなかった背景はここにあると思われる」
事実、日立製作所やソニー、パナソニック、東芝など日本の電機メーカー8社の総従業員数は過去5年で大きく減った。総数は2016年3月現在で約133万2000人で、5年前の155万8000人と比べると22万6000人の雇用が失われた。また、NEC、三菱電機、シャープ、富士通を含む8社の年間売上の合算は2016年3月期で約45兆8000億円。10年前の45兆7000億円からほとんど横這いだ。
東芝本社ビルで開かれた記者会見で、綱川智社長はメモリー事業の外部資本の導入に関して「マジョリティにこだわらない」とした上で、全株式の売却の可能性について問われると「すべての可能性もあり得る」と話した。
東芝は2006年にウェスチングハウスを54億ドルで買収しているが、今後は海外原子力事業の一部株式の売却も検討していく。綱川社長は、東芝のウェスチングハウスの持分が50%以下になることも検討すると述べた。
東芝・記者会見
中西亮介
経営難で鴻海に買収されたシャープや、巨額損失で経営が傾く東芝の実態が新聞の一面に取り上げられる日本とは対照的に、米国ではIoTやAIに関する意気揚々としたニュースが飛び交う。新たなIT企業が続々と生まれて、投資家たちをひきつけニューヨークの株式市場を賑わせている。
Business Insiderは1月2日付の記事で、Amazon、Google、マイクロソフトがクラウド・インフラの技術革新を続けることで、IoTの可能性が広がっていると伝えた。同記事で、米国では工場の設備からセキュリティシステム、サーモスタット、机まで文字通りすべてのものにIPアドレスが割り振られ、オンラインでつながるようになるという。
「電機産業は日本で、自動車に次ぐ雇用吸収力を持った裾野の広い産業だったがIT競争に遅れて競争力を落とし、雇用吸収力を失っている。Googleなどを超える企業を生み出すくらいの覚悟と危機感を持って取り組まないと、日本はグローバル競争から脱落しかねない」と、岩本氏はレポートの中で述べている。
東芝は15日、メインバンクや取引銀行と会合を持ち現状の説明を行うという。綱川社長は、「10年前のウェスチングハウスの買収は、今直面する存続の危機の始まりだったのか」と問われると、「そう言えないこともない」とするコメントを残した。米国やドイツの競合企業は、東芝の再建を待つことなく、次なる革新的技術の開発を続けているだろう。