グラミー賞「最優秀アルバム賞」がビヨンセではなくアデルに行く理由

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2017年グラミー賞でのアデル

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グラミー賞がまたやってしまった。

12日日曜日(現地時間)に行われた音楽の祭典グラミー賞でアデルが主要5部門を独占した。最優秀アルバム賞、年間最優秀レコード賞、年間最優秀楽曲賞のすべてが、大ヒット曲『ハロー』と、ハローが収録されているアルバム『25』にいった。

そんなに驚くべきことではない。アデルは2017年グラミー賞候補者の中でも受賞を確実視されていたクチだ。アルバム『25』がヒットしたのはずいぶん昔のことのような気がしないでもない(そもそもこのアルバムの発売は2015年の11月なのだが、グラミーは独自のルールで期間を設定しているので、今年にエントリー可能だったわけだ)。アデルは世界中で愛されているし、技術的にも傑出しており、いつもチャーミングで、嫌われることがない。

しかし、アデルのひとり勝ちはビヨンセのアルバム『レモネード』に対する侮辱と取れなくもない。レモネードは結局、「最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞」に落ち着いた以外は、何も獲れなかった(変な名前だが、要するに「今どきのリズム&ブルースアルバム」という賞だ)。

グラミー賞はまた、歴史的な作品をおざなりにして、非の打ちどころのない大ヒット作品を選んだわけだ。それが、このかつてない的外れ感の残った理由だろう。

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アデルの受賞に拍手するビヨンセ

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黒人ミュージシャンは過去にも煮え湯を飲まされたことが

多くの批評家が指摘している通り、グラミー賞は穏やかでない人種的歴史を持っている。1959年に最初のグラミー賞が授賞されて以来、たった10人の黒人ミュージシャンしか年間最優秀アルバム賞を受賞したことがない。ロックの歴史は黒人音楽に起因しているにもかかわらずだ。

『New York Magazine』の音楽評論家クレイグ・ジェンキンス(Craig Jenkins)は、グラミーについて「カニエ・ウェストは正しかった」と言った。2015年にビヨンセが発売したアルバム、その名も『Beyoncé』を負かして、ベックのアルバム『モーニング・フェイズ』が年間最優秀アルバム賞を受賞した時に、ウェストはこう言った。

「ここまで来るのに、ほんと疲れた。芸術を目減りさせ、匠を尊ぶこともせず、音楽の歴史における記念碑ともいえる作品を残したあとで、その音楽を作った人間の顔を素手でひっぱたくような真似をする時、お前らはインスピレーションに対する冒瀆を働いてると思え」

今年のグラミー賞授賞式の直後、ビヨンセの妹で、自身も歌手であるソランジュがTwitter上でフランク・オーシャンの言葉を引用した。フランク・オーシャンはグラミー賞の制作陣への当てつけとして今年のグラミーに出席しなかったR&Bシンガーである。オーシャンはこう書いている。

「古い蓄音機を使ってちゃんと音楽を聞いてみろ。生きてる中では俺はベストなミュージシャンのうちの1人だ。

あんたらの賞が苦しめられている文化的偏見と一般的な神経障害について話し合う準備があんたらにあるっていうんなら、俺は喜んでその話し合いに参加する。この夕べを楽しんで」

グラミー賞はヒップホップには授与されないという歴史がある。ヒップホップどころか、ちょっとでも新しいものや先駆者的なものには、授賞を許さないのだ。もうその時が来てもいい頃だろう。

ウィル・スミスとDJジャジー・ジェフは1989年に最初の最優秀ラップ・パフォーマンス賞を『Parents Just Don’t Understand 』で受賞したが、この賞はテレビで放送されず、それが受賞者やその他のミュージシャンのグラミー賞ボイコットに発展した。

グラミー賞って、パッと見の印象よりもずっと保守的

アデルは、音楽業界のプロの中でもグラミー賞への投票権を持っている面々、特に世代間を超える分かりやすい音楽や、使い古された音楽様式に回帰した作品を極端にえり好みする保守派に対し、もっと革新派のミュージシャンたちをアピールしたかったのだろう。あなたのお母さんから、5歳の姪っ子にいたるまで、みなアデルの楽曲『ハロー』の歌詞を覚えているし、自分のことのようにこの曲を聴くこともできる。彼女のソウル・ミュージックの様式は新風を吹き込んだりはしない。ビヨンセの楽曲『フォーメーション』は、ひとつの声明の発表だし、革新的な考え方の傑作だが、その音と政治性からして、米国の中の特定の一部地域に挑戦を試み、その地域を遠ざけている。

レイ・チャールズ、ハービー・ハンコック、ロバート・プラントを始めとする、たくさんの偉大なミュージシャンが、ほんのつい最近になるまで年間最優秀アルバム賞を受賞できなかったのだ。彼らの受賞は、彼らの音楽が安全で、万民向けであることが周知の事実になって久しく経ってからの出来事だった。グラミー賞はどうやら、やっとのことでデビッド・ボウイには追いついたようだ。長いこと授賞を拒まれ続けてきたボウイだが、今年は候補に挙がった分野はすべて独占した。グラミーはそういう調子で機能するものなのである。

結局のところ、決め手は「売り上げ」

またあともう1つ、ビヨンセが追い出された単純な理由がある。売り上げだ。アルバム『25』は米国だけでなんと、900万枚も売り上げたのだ。かたやビヨンセの『レモネード』はと言えば、自身のアルバム売り上げ記録からいえば最低から2番目の200万枚弱であった。

今回の授賞式は恐らく、今まででもっとも商業主義にポイントが置かれた授賞式であっただろう。アデルが日曜の夜「Queen B (女王ビヨンセ)」に受賞スピーチを捧げた後で言ったことがもっとも的を射ている。

「今回は彼女が勝つべき時とだと思っていたの。年間最優秀アルバムを受賞するために、これ以上彼女は何をしなければいけないっていうわけ?」

この記事はオピニオンコラムであり、内容は著者に帰属します。

[原題:Why Adele really beat out Beyoncé at the Grammys]

(翻訳:日山加奈子)

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