ライフハッカー[日本版]より転載(2017年2月13日公開の記事)
2016年の終わり頃から、日本でも大きく話題になっている「働き方」。みなさんは納得できる働き方ができているでしょうか?
「子どもが世界一幸せな国」と言われるオランダでは、実はワークシェアリングや、在宅勤務、リモートワーク、さらには「週3勤務」や「週4勤務」といった働き方の多様化が非常に進んでいます。逆に言えば、働き方が柔軟だからこそ、「子どもが世界一幸せ」と言われる環境が整っているのですが、今回はオランダの事例から、日本の働き方を振り返ってみたいと思います。
というのも、昨年来、日本から多くの企業や教育関係者、公務員の方などがオランダの「働き方」の視察に来られています。
そうした視察ツアーを企画、コーディネートしたわたしの経験から見えてきたこと、また併せてオランダ人で労働法が専門の法律家アレックスさんへのインタビューからわかったオランダ人の働き方に触れてみたいと思います。
アレックス・ヴァン・デン・フーベル(Alexander van den Heuvel)
オランダ、ヴォーブルグ市出身。ユトレヒト大学(法学修士)、ライデン大学(人文学修士、労働法特別コース修了)を経てヴァンデンフーベル労働法事務所をハーグ市に設立。労働法のほか、雇用に関連した外国人法、移民法を扱う。オランダ人、オランダへの移住者を含む外国人の労働者そして雇用者(使用者)側の会社等にもサービスを提供。オランダ政府移民局、国連難民高等弁務官事務所等の勤務経験あり。
週40時間労働が最大で、サービス残業は存在しない
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まず、オランダ人はどのくらい働くのか? アレックスさんに聞いてみたところ、こんな答えが返ってきました。
「一般的な働き方は、週5日、7時間から8時間(週36から40時間)ですが、まわりの人(家族、友人)の話、あるいは一般的に知られている情報からお話すると、週4日勤務(週32時間、あるいは36時間の勤務)をしている人が多いです」
しかも、オランダでは残業はあまりありません。正確に言うと、業種によっては残業が必須なところもあるのですが、日本との決定的な違いは、残業の管理がきっちりとしていて必ず残業代が支払われ、「サービス残業」などという概念が存在しないことです。もちろん、その残業も必要な分だけです。もしかしたら日本の感覚だと、逆に「これで、よく仕事が回るなあ」と思われるかもしれません。
実際、オランダでは夏の晴れた日のカフェテラスでは、昼からワインを飲んでいるような人で溢れています。土日のみならず、平日でもそうした風景が広がっているのです。筆者も、こうした風景を見るにつけ、「この人たちは働いていないのか?」とか、「やっぱり失業者が多いんだなあ」と思っていたのですが、実はそんなことはなかったのです。
というのも、オランダ人は「週3勤務」「週4勤務」あるいは、時短勤務、在宅勤務、リモートワークなどなど、場所と時間に縛られることなく効率良く働く、というスタイルがすでに多くの企業で取り入れられています。それと、見落としてならないことはオランダ人の1人当りの生産性が非常に高い、ということです。
確かにGDPを比べると、日本は、アメリカ、中国に次ぐ世界の3位ですから、やはり日本の方が生産性も高いと思いがちですが、実はこれ、ちょっと違うのです。1人当たりのGDPを比べてみると、オランダは世界のトップ5あたりをずっとキープしているようですが、日本は90年代以降は15〜19位あたりなのです。つまり日本人の1人当たりのGDP、つまり生産性はオランダと比べると決して高くないのです。
「子どもを社会の真ん中に」という思想
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最近のオランダでは共働きが一般的です。
オランダでは、小学生の子どもがいるような家庭では、平日であっても夜の6時に家族で食卓を囲む、という習慣が確立しています。家族との時間を何よりも大事にする、というのがオランダ人の中心にある価値観なのです。
では、仕事と育児のバランスはどうなっているのでしょうか。
「女性に関しては、パートタイム勤務が75パーセント前後を占めるというデータもあるようなので、子育て中の女性の中には「週3日勤務」も多いのではないかと思われます」とアレックスさん。
ちなみに、オランダで言うパートタイム勤務とは、日本でのそのイメージとは異なり、基本的にはフルタイム勤務の人とまったく同じ条件、環境で働く形態のことを指しています。単純に違うのは時間だけ、という意味です(実際のところは、後述するような問題はあるようです)。
アレックスさんは続けてこんなことも聞かせてくれました。
「一般的には週4日勤務とし、残りの平日1日を小さい子どもと過ごす日にする、という人も多いようです。夫婦のうち、1人が水曜日を休みにし、もう1人が金曜日を休みにし、小さい子どもを保育園にあずけるのは月、火、木と3日にしているカップルは多いのではないでしょうか。実際、保育園や学童保育に水曜日・金曜日に子どもを迎えに行くと、来ている子どもの人数が他の曜日に比べて大変少ないことに気づきます」
夫婦で平日の休みをズラして、子育てしているカップルも非常に多いというのです。こうしたことは日本でも取り入れられると理想的ではないでしょうか。
また、在宅勤務をしている人も多く、IT系の大企業に勤める筆者のオランダ人の友人は、「IT系なのに、オフィスに毎日出勤するなんてありえないでしょ? だいたい、毎日出社していたら子育てできないじゃない?」と言っています。
このように働き方が柔軟であるために、子育て環境も非常に恵まれています。こうしたことがあるからこそ「子どもが世界一幸せな国」と言われているのではないか? と思えます。決してオランダの教育環境が良かったり、学力が高い、ということだけが理由ではないのです。
オランダでは、「子どもを社会の真ん中に」という意識が徹底しています。家族と一緒に過ごす時間をいかに多くするのか?という観点から、効率の良い仕事の進め方や、働き方を社会全体として求めた結果、今のような環境になったというのです。
良いことばかりではないオランダの労働環境
もちろん、オランダの労働環境が良いことばかりではありません。課題についても、アレックスさんに聞いてみました。
「ここ10年ほど、6カ月から1年といった期限付きの雇用契約が主流になり、無期限契約が得にくくなっています。これは雇用者(使用者)側が、概して労働者側に有利なオランダの制度で守られた労働者の保護、利益を確保するという責任を回避しようとしてのことです。
長期間働いてきた雇用先から「次の雇用契約更新はしないので、個人事業主となって、戻ってきて欲しい」と言われるという事例も多く聞きます。
個人事業主となって同じサービス(仕事)を提供すれば、雇用先にとっては従業員ではなくなるので、様々な権利を保障してあげる必要がなくなり、経費削減につながるためです」
オランダならではの労働慣習も存在しているようです。
「オランダには『契約文化』が根付いています。労働条件は、法律で定められている当然守られるべき点以外について、使用者と労働者との交渉によって決められ、雇用契約書に記載されます。
ですから、契約書に署名する前に、その内容をしっかり確認する、不明な点については遠慮せずにはっきりとわかるまで説明してもらう、受け入れられない点については交渉する、という手間を惜しみません」
理想的にも見えるオランダの労働環境と言えど、このように実際に現地で働いてみないとわからないことがあるようです。また、企業で働く労働者も個人として、アレックスさんのような労働法に精通している専門家にアドバイスを求めることも多いそうです。
例えば、仮に労働者がアレックスさんにアドバイスを求めた場合は、雇用主との契約が不利にならないように労働法に合わせて契約書をチェックしてくれたり、希望の労働条件を交渉してくれたり、雇用主が法律違反をしている場合には(例えば、「病気治療のために休業せざるを得ない場合、雇用主は2年間給料を支払い続けなくてはならない」というルールがあるにもかかわらず、雇用主が給料を支払わないといったケースで)交渉したり、状況によっては訴訟代理人となってくれます。労働法に精通してないと、労働者が不利益を被ることが多いのだそうです。
「また、パートタイムで働く人、また派遣会社から派遣されて働く人にとって昇進の機会が、フルタイムで働く人や正規で働く人に比べ、限られているということもあります」
法律上はパートタイムでも昇進の機会はフルタイム勤務と同様であるべきですが、実際には、それほど単純なことでもないようです。
「特に女性が昇進の機会を減らしてでも子どもとの時間を増やすためにパートタイム勤務をしている、といった話や、オランダの労働市場で女性がある一定以上の地位についている割合は北欧諸国などと比べるとかなり低い、という情報も目にします」
女性の活躍という側面で見ると、実はちょっと日本に似通った問題も潜んでいるようです。
オランダで子育てがしやすい理由は「休みの長さ」ではない
このように、オランダの働き方や労働環境にも問題はありますが、こうしたことも含めて、筆者が両国で働いた経験から比較すると、それでもオランダの方が働きやすい、特に働きながらの子育ては圧倒的にしやすいと感じます。ただ、オランダで子育てがしやすい理由は、「フレキシブルに働ける労働制度」や「会社や周囲の人の理解」があることが要因であり、必ずしも「休みの長さ」だけではない、という点がポイントです。
というのも、法律で認められた育休の長さについては日本はオランダより圧倒的に長いのです。オランダで認められる育休は26週間(6.5カ月)に対し、日本の育休は1年間です。オランダの場合、子どもが8歳になるまでに合計26週間の育休が取れるという長期スパンではあるのですが。
筆者も日本で働いていた2014年当時、1年間の育休を取得しましたが、日本のサラリーマン社会の中では、これは極めて異例なことであり、周りからは「大丈夫?」と言われ、平日の公園に子どもを連れて行けば、後ろ指を指されるような経験も非常に多かったのです。
オランダの場合、育休の期間自体は短いものの、普段から家族一緒に子どもの面倒を見ていることもあり、特に問題はないようです。また、複数の企業から、「産休育休が長すぎると本人も復帰しにくくなるから、今ぐらいの長さがちょうど良いのでは?」という話も聞きました。
わたし自身がオランダ人の労働者に持っている印象も、仕事はメリハリを持って行う、始めも終わりも時間厳守、残業はナシ、約束はおおかた守る、相手を信頼しているので裁量を与える、責任の範囲がはっきりしている、お金にはシビア、といったところ。
育休として取得できる期間自体は短くても、働き方を工夫したり(そのための労働制度が整っていたり)、周囲の理解があったり、時間を守って効率的に働いたりすることで生まれる子育てのしやすさ。こうした点があるからこそ、オランダは「子どもが世界一幸せな国」と言われる所以なのかなと思っています。