―― 筆者の岡徳之氏はコンテンツ制作会社「Livit」の代表。現在はオランダを拠点に、欧州・アジア各国をまわりながらLivitの運営とコンテンツの企画制作を行う。
国際NGOの「セーブ・ザ・チルドレン」によれば、母親のQOL(生活の質)と子どものそれとの間には相関関係があるという。
「母親の健康や教育、また経済的・政治的機会を与えられているかどうかが、子どもたちの命と生活の質に密接に関わる」のだそうだ。
筆者は今、”子どもが世界一幸せな国”オランダで暮らしている。ユニセフが2013年に公表した「子どもの幸福度調査」で、オランダは首位だった。
だとすれば、オランダの「母親」たちはきっと幸せなはず ーー 。そんな仮説から、オランダ人女性へのインタビューやさまざまな調査に基づき、同国の母親像を探ることにした。
「すべてを楽しみたい」オランダ人女性
「わたしも子どもの幸せと母親の幸せには相関関係があると思います」。インタビューに応えてくれたのは、地方行政で働くジェシカさん(39歳)。6歳と7歳になる子どもがいる。
日本に住んだこともあるジェシカさんとご家族。
「母親は、そして父親も、子どもたちにとってのお手本です。そのお手本が幸せでなくて、どうやって子どもたちは『幸せ』について学ぶことができるでしょうか」
実際、ジェシカさんの日常は充実している。ある日は、夫が仕事で、娘(6歳)と2人で昼はカフェとアイススケート、夜はパンケーキのディナーに出かけた。
またある日は、子どもを夫にまかせて友人とスパなどウェルネス施設に出かけたり、友人に預けて夫と2人だけの一泊旅行。子どもの寝かしつけや食事の心配をせず、夫婦の時間を過ごしたという。
「子育てもしたいし、幸せな結婚もしたいし、友人にも会いたいし、いい仕事もしたい。とにかく、すべてを楽しみたい。それが、『オランダ人女性』なんです」
オランダの女性は、自分たちの「やりたい」に正直なようだ。その思いは夫に対しても同じ。「夫もまた、友人と過ごしたり、1人の時間を持つことが大切だと思っています」
友人との時間を楽しむジェシカさん(真ん中)。
夫との連携で「自分の人生」を取り戻す
「仕事だってそうです。時には、仕事と生活のちょうど良いバランスを見つけるのが難しい時もありますが、わたしは働いているからこそ、いい母親でいられている気がします」
「子育てをしながら、キャリアアップも目指したい」、そんな女性を支えているのが「ワークシェアリング」の制度だ。
例えば、フルタイムで働くAさん1人でこなせる仕事(週40時間)を、パートタイムで働くBさんとCさんとで半分ずつ分担するといった具合。
この制度を「男性」も活用することで、男性は育児に参加し、女性は仕事をする時間を確保できる。ユーロスタットによると、オランダ人男性の約27%の労働時間は週36時間以下だ。
「日本と同じく、『育児は女性がするべきだ』という意識は、たしかにまだ残っています。それでも、友人や同僚の話を聞くかぎり、男性も育児において大切な役割を果たしていると感じます」
ジェシカさんはフルタイムで働く女性の1人ということもあり、なおさら家庭では子どもの学校の送り迎え、夜の寝かしつけ、その他家事は夫と分担して行っているそうだ。
夫と子どもたちだけで過ごす休日がめずらしくない。
管理職の20%は「パート」、キャリアアップは成果次第
パートタイム勤務ではキャリアアップは難しいのではないか ーー と思われるかもしれないが、そうでもないようだ。亜細亜大学経済学部教授の権丈英子氏はこう述べている。
「週2日のパートタイムでは仕事が限られるが、3〜4日であればキャリア上の不利益も小さいと言われている。すでに管理職の20%超はパートで、その水準はEU平均を大きく上回る」
男女差の詳細にこそ触れられていないが、日本人の感覚からして「管理職の20%超はパート」というだけでも驚きではないだろうか。
背景には、2つの事情がある。1つは「リモートワークの許容」、2つ目は「同一労働、同一賃金の原則」だ。
前者について、会社のネットワークに自宅からアクセスできるよう環境を整えている企業が多い。ある官庁では、自宅からネットワークにアクセスすると「実労働」と見なされ、報酬や休暇日数に反映されるという。
後者について、「1980年代以降のサービス業における労働需要の増加が契機となり、パートタイムとフルタイムの均等待遇、労働者が労働時間の増減を雇用主に申請できる法律の成立を経て、パートタイムの労働条件が改善」されていった。
オランダの事情に詳しい千葉大学法政経学部教授 水島治郎氏も、「この仕組みは日本にはなく、またこうした判断は『正社員クラブ』といわれる日本の労働組合とは大きく異なる」と評価。
フルタイムであろうとパートタイムであろうと、同質の仕事をしているならばキャリアアップも同じであるべき。「雇用形態」や「労働時間」を重視する日本とは風潮が異なる。
「個々人の状況や会社にもよりますが、一般的に昇進など仕事における挑戦の機会は男女平等に与えられていると思います。少なくともわたしの職場では性別による区別は感じません」(ジェシカさん)
現状を変えたい日本人女性に伝えたい「2つのこと」
家庭も仕事も、そしてプライベートも。オランダ人女性が自分の「やりたい」に正直でいられるのは、働き方を「選べる」フレキシブルさと、男女平等の意識に理由があるようだ。
日本でも、そのために働き方改革や教育手当の充実など進んでおり、これから徐々に成果が出てくるはず。一方、個人の「意識」の面では日本人はどう変わるべきだろうか。
ジェシカさんにヒントを尋ねたところ、特に日本人「女性」に伝えたい2つのことが返ってきた。
1つは、「夫を信じる」ということ。
「妻の幸せを考えた時、夫も子どもたちと多くの時間を過ごすことは大切です。子どもにとっても、お手本は母親だけでは務まりません。子どもを寝かしつけたり、オムツを替えたりしてほしい。そのためには、女性も『この人ならやってくれる、できる』と信じて、まかせてあげなければ」
娘をあやす夫のロンさん。
もう1つは、「自分の人生を楽しむ」ということ。
「日本にも住んでみて、オランダといちばん異なるのは『女性のモノの見方』だと思います。オランダは比較的、女性が自由に意思を表明できるフラットな社会が築かれており、『その人が男性か女性か』は誰もあまり気にしません」
「もちろん、ワークシェアリングのような『システム』がうまく機能し、女性にも平等に機会が提供されているからでもあるのでしょう。しかし、オランダにおけるすべてのことは、『あなたの人生、あなたは何をしたい?』という問いから始まり、考えられているのです」
友人との時間を楽しむジェシカさん。