未来の食はどうなる?
フードテックは人間を
幸せにできるのか
BUSINESS INSIDER JAPAN
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IBM Future Design Lab.
あなたは食事になにを求めるだろうか?
おいしさや安全、健康を求める人もいれば、旬の食材を食べて季節を感じること、
同じ食卓を囲んでコミュニケーションを深めることを求める人もいる。
食事をすることは、多くの人にとって単に栄養がとれればいいというものではなく、
幸福をかたちづくる大切な要素となっている。
一方で、フードロス(食品廃棄)を筆頭に、食にまつわる分野がさまざまな社会課題を抱えているのも事実だ。
食分野周辺ではテクノロジーを活用したイノベーション、いわゆるフードテックに注目が集まっており、食を通じて次世代の幸福感や社会課題に対して新しい提案を試みている。
これらをふまえた上で未来の食卓がどのように変わっていくのか。
ともに考えてみたい。

世界中のあらゆる国のあらゆる人種の老若男女が1日3回とる機会がありえるのが食事。しかし、何かを生み出すということは何かを廃棄する可能性をも意味している。
われわれが生まれるよりも前から地球上にあった資源が有限であるということを、今ほど考えさせられる時代は人生の歴史の中でもなかっただろう。

食分野の持続可能性
現在、食が抱える社会課題は
多岐にわたっている。
SDGs(Sustainable Development Goals/持続可能な開発目標)の17ある目標のうち、直接的に関係するものだけをピックアップしても5つある。
ここでは、それらを俯瞰しながら実態にも触れていく。


「2.飢餓をゼロに」
「12.つくる責任 つかう責任」に
関係してくるのが
フードロス(食品廃棄)だ。













世界中では年間約13億トンが廃棄されており、
生産された食料のうち1/3を廃棄している計算だ。




一人あたりでは年間48kg、
1日あたり133kg(お茶碗1杯分)の
食料を捨てていることになる。

「3.すべての人に健康と福祉を」に関係してくるのは、
食が引き起こす健康問題である。
世界のフードロス市場価値と、
健康や環境、経済などに関わる
「隠れたコスト」の内訳
(兆ドル:2018年物価基準)






“The Global Consultation Report of the Food and Land Use Coalition September 2019”を基にシグマクシス作成
世界のフードシステム(食料の生産・加工・消費・廃棄などを体系としたもの)の年間市場価値が約10兆ドルなのに対して、フードシステムが引き起こしている健康被害は6兆6000億ドルと試算されている。
そのほか、環境にかかるコストや経済にかかるコストを考えると、フードシステムは生み出す価値よりもマイナスの影響のほうが大きいということになる。

「14.海の豊かさを守ろう」
「15.陸の豊かさを守ろう」は
直接的に地球環境の持続可能性と関係する部分だ。
さんまの年間水揚量の推移(1981年〜2020年)
(全さんま調べ)





例えば、サンマの水揚げ量は2008年の34万3225トンをピークに2020年は1/10以下の29,566トンまで激減している。
よくサンマは高級魚になったといわれるが、その理由の一端がここにある。
ここで取り上げたものはごく一部だが、食にまつわる社会課題が多岐にわたっていることを理解いただけたことだろう。
フードテックの現在地
安全でおいしいは当たり前。
その先に進んでいる
かつては食品業界に限らず、どの企業もメーカー目線で技術を開発し、利益を追求することに邁進してきた。日本の食品会社も「元祖イノベーター」として、レトルト食品やインスタントラーメンなど、安全で利便性が高くおいしい食を提供し、世界の食糧事情の改善に貢献してきたのは事実だ。だが、これまで見てきたような社会課題を抱える食分野においては「新たな潮流がある」とフードテック・エバンジェリストの外村仁氏は言う。
人と地球のWell-beingを
考えていなければ
フードテックとは言えない
「フードテックはかつてはキッチンガジェットのようなものが中心でしたが、サステナビリティやフードロスという問題がここ2〜3年で大きく注目されるようになった」(外村氏)
外村氏が上げる現在のフードテックの潮流は以下の2点。
①食べることで地球をやせ細らせていく、汚していくのではなく、食べることで地球をきれいにしていく。
②食料は、生きるためや飢えないために食べるものではなく、健康になるために食べるものへと変化しつつある。
海外のスタートアップは特に「人と地球のWell-being(ウェルビーイング)を強烈に意識してビジネスを立ち上げている人が多い」と外村氏。「そうでなければ事業が伸びない、資金も入らない、企業合同もできないというところに来ている」という。
日本でもそうした企業は生まれている。沖縄にある「AlgaleX」は、パーム油の廃液、泡盛の廃液を急速分解できる特殊な藻をつくっている企業。処理の過程で植物性ドコサヘキサエン酸(DHA)などをつくることができる。サプリメントや養殖用の餌に含まれるDHAは従来は小魚からつくられていたのに対して、この方法であれば環境汚染のもとになる廃液を活用しつつ、小魚の漁獲量削減にもつなげられる。
一方で、フードテックは裾野が広いのも特徴。家の内外での食事に対して、購買体験や調理方法のテクノロジー進化があり、それらに対して生産や食体験、データ活用といったさまざまな切り口がある。また、センサー技術やAI、画像解析技術といった異分野との掛け算が生まれている。
その一例がパーソナライゼーション。自分の体質に合わせたサプリメントが有名だが、スープやスムージーなども登場しており、アプリケーション上で質問に答えていくものや、尿を採取して栄養不足を診断する検査キットを提供するものなどがある。これは言うなれば「みんなのための完全栄養食」ではなく「あなたのための完全栄養食」をつくろうとする試みで、過剰な栄養素を摂らないことは地球環境を汚さないことにつながる可能性がある。
そのほか、食肉関連では香港のスタートアップ「IXON」もおもしろいという。
「独自の『ASAP(Advanced Sous-vide Aseptic Packaging=真空調理無菌包装)』で軽く調理した肉などを常温で最大2年間保存できる技術で、キャンプ・登山などのアウトドアだけでなく、僻地にも栄養価をなるべく落とさず供給できる可能性があります」(外村氏)
日本で気を吐いているのが、「日清の完全栄養食プロジェクト」だ。
「とんかつ定食、カレー、ナポリタンなど、すでに300種類以上のメニューで完全栄養食の開発を進めています。パスタの麺にミネラルを入れ込むなどの工夫がなされ、おいしくて栄養バランスがいいとなれば続けやすくなります」(外村氏)
2022年には個人向けや社食・給食などで展開していく予定。日本企業がWell-beingに直結するものを作り始めたことに対して、「加工食品で完全栄養食を提供できるようになれば、社会的なインパクトも大きい」と外村氏も高く評価している。
日本企業がフードテック分野でここまで開発を進めているというのは心強い話だ。
オルタナティブプロテイン
(植物由来の肉)
オルタナティブプロテイン、いわゆる植物由来の肉の可能性を切り開いたのが米国の『Beyond Meat』だ。
温室効果ガスの排出量を減らしながら十分な栄養を供給することができるのは、牛ではなく植物由来のタンパク質であるということで、注目を浴びている。
「Beyond Meatが働きかけたことにより、アメリカのスーパーではビーガン用製品の売り場ではなく、肉の横に置かれるようになり、市民権を得ることができた点で功労者といえます」(外村氏)
Beyond Meatはハンバーガーのパテに始まり、タコス用のひき肉やソーセージ、ミートボール、チキンナゲットなどの代替となる商品を展開。そのため、米国では植物ベースの肉はベジタリアンやビーガンのためという枠を超えて、一般的に肉を食べる人に受け入れられている。

そうして知名度が上がってきた植物由来の肉の分野ではBeyond Meat(ビヨンド・ミート)のほか、Impossible Foods(インポッシブル・フーズ)、Eat Just(イート・ジャスト)などがしのぎを削っており、味や価格、健康、環境配慮といった点で改善が進んでいるのが現状だ。
日本でも、食品会社や外食チェーンが開発・サービス提供するようになってきており、今後に期待がかかっている。

Ocean to Table
海のサステナビリティが叫ばれて久しいが、「先進国の中でも日本は課題が多い」と外村氏は言う。
「もともと海産資源に恵まれていたことで規制がゆるかった。アメリカでは大手スーパーで白身魚を買うと必ずといっていいほど環境に配慮していることを示すマークがついていますが日本ではまだそこまで達していません」(外村氏)
そうしたなかで日本IBMなどが参加して推進しているトレーサビリティの取り組みが「Ocean to Table」だ。
「漁場(オーシャン)から食卓(テーブル)まで」という言葉が示すとおり、魚の水揚げ、あるいは養殖からスタートし、加工、出荷、そしてレストランや自宅で食べるまでのトレーサビリティをブロックチェーン技術を用いて実現する。

2021年9〜10月には、その技術を用いて、東京湾で資源管理を実践し持続可能な漁業を推進する漁師から、中目黒と豪徳寺にある魚屋「sakana bacca」に届くまでを、商品に添付された二次元バーコードをスマホなどで読み取ることで見られるようにする実証実験が行われた。
外村氏は「こうした水産資源を大切にする漁業関係者から購入するという行動を消費者も選択できるようになることが第一歩」と提言する。

「Food for Well-being」を
どう実現するか
従来の食品メーカーは、よりおいしいものをあまねく安価に届けることを重視し、消費者はその恩恵を受けてきた。しかし現在においては、個人の食に対する価値観やニーズは多様化している。
食を通じた幸福「Food for Well-being」を実現するために必要な視点について考えてみよう。
料理をし、同じ食卓を囲んで、会話をしながら食事をすることは、家族間の親睦を深める欠かせない時間。だが、核家族化や共働き世帯が増えたことで、孤食の機会が増えている。
料理をするという行為は、身近に存在する自己表現の手段であり、創意工夫をして上達することが自己肯定感へつながっていく。
どこでどのように収穫・生産されたものなのかを知ることは、自分の体を構成する要素を自ら選択することによる満足感や、生産者を支援することによる充実感などをもたらしてくれる。
食のパーソナライゼーションが進むなかで、すでに家にある食材を活用して健康的なメニューを提案してくれることは、廃棄される食材を減らしフードロスの削減にもつながるだろう。
料理が自己肯定感につながるものである以上、行き過ぎた自動化は「料理する時間自体を楽しむ」という体験を阻害する可能性がある。
上記のような「Food for Well-being」を構成しうる要素を踏まえて最後に見てほしいのが、IBM Future Design Lab.が制作した「未来の食卓」を描いた映像だ。
そこでは調理のサポートからパーソナライゼーションやトレーサビリティまで、多岐にわたるテクノロジーが人の幸せに資する可能性が示唆されている。動画で描かれている誰かを喜ばせたいという思いこそが、フードテックの進化とともに「人と地球のWell-being」を実現する起爆剤となりそうだ。

フードテック・エバンジェリスト。シリコンバレーで20年以上スタートアップ育成を手がける。フードテックにも黎明期から関わり「Smart Kitchen Summit Japan」「Food Tech Studio -Bites!」などを立ち上げ、日本での普及に尽力。『フードテック革命』監修・共著。スクラムスタジオやAll Turtles、総務省「異能ベーション」等のアドバイザー。